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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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「ありがとう、このぐらいでいいわ」
「まさかアビスを倒すために東の果てから持ってきた剣を、地面を掘るために使うことになるなんてね」
 ビリィは苦笑する。その手にはここまで一緒に旅をしてきた剣が泥だらけになって握られていた。その刃には長いヒビが走っている。アビスに吹き飛ばされた際、とっさに地面に突き立てた時に入ってしまったようだった。
「しょうがないじゃない。こんな硬い土、さすがに手じゃ掘れないわ……んしょ」
 ビリィが掘った穴に、ドリィはアビスの角を入れる。右手で支えながら左手で土をかき集めようとするが、ドリィの小さな顔では当然角の質量を支えきれるはずもなかった。角がぐらついて、慌ててビリィも角を支えにドリィに駆け寄る。倒れてくる角を体で受け止めて、ビリィは黙々と掘り返した土を手で穴に戻していくドリィを見下ろした。ドリィの顔には何も表情が現れておらず、何を考えているか推し量ることはできなかった。
 ビリィは暫く思案したのち、ドリィに先ほどまで土を掘っていた剣を差し出した。
「これも一緒にいいかい」
 ドリィが顔を上げる。その琥珀色が一瞬だけ揺らめいた。ビリィもどんな顔をすればいいかわからずに、曖昧な笑みを返した。
「もう持って行けそうもないしね」
 確かに、剣に深く入ったヒビはそう簡単には直りそうになかった。ヒビの位置によっては大きく欠けてしまっている。それに、この剣がもともと収まっていた鞘には今や別の剣が刺さっていた。アビスを倒した剣だ。それは、まるで最初からこの鞘に収まるべきだったかのようにスルリと収まってしまった。
「それでも、ここまで一緒に旅をしてきてくれた剣だから……それに、証として一緒に立てておきたいんだ。ここから始める、決意として」
 ぐっと柄を握った。ズシリとした重みがビリィに何かを語りかけるようだった。一瞬だけビリィは目を細めてきゅっと口を結んだが、すぐにぱっと顔をドリィの方へ向ける。
「どうかな」
「……いいわよ」
 ドリィは何か言いたげだったが、足をどけて場所を作った。
「ありがとう」
 ビリィは角の脇に剣を立て、かき集めた砂で二つを固定した。
 
「これ、お墓のつもりなのよ」
 角と剣が並んで立っているのを見ながら、ドリィがポツリと呟いた。
「知ってる」
 ビリィは頷く。
「おかしい?アビスにお墓なんて」
「さぁ……」
「何それ」
 ドリィは笑った。いつの間にか空の色は完全に藍色に変わっていた。見上げると、満天の星空が広がっている。
 
 背中に背負った剣の鞘を撫でながら、ビリィは決心したように口を開いた。
「……ドリィ、君は言ったよね。『私と一緒に』戦ってくれるかって」
 ドリィはゆるゆると顔を上げた。月の光がドリィの瞳に反射してゆらりと揺れる。二人の前には、煌々と青白く輝くアビスの角があった。
 ドリィは何も言わなかった。ただビリィを見上げて、口をきゅっと結んで、何かを心の中で言いかけてはやめているようだった。胸の前で握られた手は少し震えているようで、ビリィはその細い肩をじっと見つめた。
「……ドリィ、僕は」
 ビリィがドリィに向かって身を乗り出した時、俄かに街の方が騒がしくなった。
 どうやらアビスが倒されたらしい、その信じられないニュースの真偽を確かめようと恐る恐る出てきた人々が、その知らせが真実であることを確かめたのだ。ワァッという歓声と共に、たちまち二人は囲まれてしまった。
「一体どうやったんだ!」「アビスを倒しちまうなんて!」「これで助かった…!」
 賞賛の言葉が次々にビリィ達に浴びせられる。宿屋の主人が、驚いたようにビリィ達を見つめているのが見えた。声をかけようとして、詰めかける人々の先頭がモゾモゾと動いているのを見つけた。隙間から飛び出た小さな手を思わず引っ張ると、小さな子供がプハッと顔を出す。
その手には、いつか幼いビリィが大事そうに握りしめていた絵本があった。少年は、絵本をぐっと差し出す。そして、顔を輝かせて叫んだ。
 
「すごい、すごい!本当に来てくれた!!ありがとう勇者様!!」
 
 そう、それは、世界を勇者が救う話。
 
 ビリィはドリィの方を振り返る。ドリィは微笑んでいた。その表情は先ほどとは違い慈愛で満ち溢れていて、そして、ゆっくりと頷いた。
「おめでとう。今こそ、あなたが勇者になったのよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
************


 人々がビリィを解放したのは、やがて東の空がやっと白み始める頃だった。
 夜通し街の人達の歓声とご馳走と質問を浴びせかけられたビリィは、フラフラと宿に向かいかける道すがらドリィを探していた。人は彼ばかり誉め称えたが、しかし真に力を持っているのはビリィでなく背中の剣であり、そしてそれを与えたのはドリィだと、ビリィはちゃんと覚えていた。
 しかしドリィに礼を言う間もなくビリィは群衆に飲み込まれ、そして彼女を見失ってしまった。
 
 話さないといけないこともあったのに。
 
 ビリィは通る脇に見える路地という路地さえ覗いたが、ドリィを見つけることはできなかった。もしかすると、もうこの街を出てしまったのかもしれない。
 いや、そもそも。
『彼女は確かに存在していたのだろうか?』
 そんな考えがビリィの胸を霞めた。アビスは倒した。ビリィは称賛され、確かにこの剣はここにある。しかし、あまりにも「できすぎた」ストーリーのように思われてビリィは急に不安になった。
 
 
 亡国の姫の名を名乗る少女が、遥かなおとぎ話の住人に思われてビリィがきゅっと剣に触れたとき、
「なによ、フラフラじゃない!」
 背中から、もうすっかり聞きなれた声がした。
「そんなんでこれから大丈夫なの?勇者様!」
 振り返ると、腰に手を当てて意地悪そうな笑みを浮かべるドリィの姿があった。昇る朝日を背中から浴びて焦げ茶色の髪の毛がキラキラと輝いている。
 眩しくてビリィは思わず目を細めた。
「……どこに行ったのかと思ってた」
 暫く考えて、ビリィがやっとそれだけを言うとドリィはニヤリと目を細めて、
「女の子はね、お肌のために夜はちゃんと眠らなきゃいけないのよ」
 と笑った。
 
「お子様だから夜起きてられないだけじゃ……」
「何それ?そんなこと言う人の旅には、ついていってあげないわよ?」
 朝日が眩しくて眉をしかめながらビリィがおざなりに返した言葉に、ドリィは頬を膨らます。
 ビリィは「ハイハイ」と適当に相槌を打ちかけて、
「……はい?」
 眉をしかめたままドリィに向き直った。 ドリィはといえば、当たり前のことを言ったのだと言わんばかりに腰に手を当てて
「なぁに?まさか、私なしでアビスの居場所がわかるとでも思ってるの?」
 と笑った。
 ビリィは、ドリィに話そうと思っていたことがあまりにも簡単に解決して口をパクパクとさせた。睡眠不足が思考を鈍らせていたというのもあったと思う。暫くは何も言えなかった。
 ドリィは笑顔のまま、ビリィの言葉を待った。チチチ、鳥の声が朝日の中にこだまする。ビリィの目の焦点が合って、やっと、その口が開かれた。
「……ついて、来てくれるのかい」
 ドリィは、その答えが最初からわかっていたとでも言いたげに、顔をキラキラと綻ばせた。
「だって、戦ってくれるんでしょう?私と、最後まで」

 
 
************

  人々に惜しまれながら街を後にした。ビリィとしては、少しは眠っておきたいと思っていたのだが、ドリィがあんまり急かすのでそういうわけにもいかなくなった。緩む歩調が背中を叩く手で諌められる。
「これから、どこに向かうんだい」
 追い立てられながらビリィが聞くと、ドリィは黙って西の空を指差した。そこには、登ったばかりの太陽の光でキラキラと輝く虹があった。
「虹を追うのよ」
 ドリィは虹を見上げる。ビリィもまた西の空に輝く七色の光を見た。
「コルマガ王国の方向か」
 ビリィの言葉にドリィは頷いた。
「コルマガ王国が滅ぼされて、世界中にアビスが現れた時は……確かに、あの怪物はどこに現れるか誰も想像もできなかった。でも、この1年ほどで明らかに状況は変わってきているわ。恐らく……アビス達は、最初に現れた場所に帰ろうとしている」
 ドリィはそこで一旦言葉を切った。何かを噛みしめるようにぐっと喉を詰まらせる。
「ビリィは、東からこちらに向かってくる間アビスに遭遇することはなかったでしょう。アビスが現れる場所は、日に日に西の方へ推移しているわ。その傾向は、毎朝同じ時間にあの空に虹が現れるようになった時期からずっと続いているの」
 確かにあの虹はここ近年急に現れたものだった。この世界は水が枯渇し、雨が降ることすら滅多になかった。そのため、虹自体がとても珍しいものであったのだ。それにも関わらず、いつからかあの虹はコルマガ王国のあった方向に毎朝必ず決まった時間に姿を現すようになっていた。
「だから、あれを追うのかい」
「そうね、当面は」
 ドリィは髪をかきあげて、そして少しだけ茶化すように言った。
「旧世界では、虹は幸せの象徴だったそうよ。虹の麓には宝物が埋まってるとか、虹を越えた先には幸せな世界があるとか。だから、まぁ、私たちが虹を追うのも大概おかしな話でもないじゃない?」
 ビリィも笑った。
「いつかきっと、虹の向こうへって?」
 そして、やはり背中の剣を強く握った。ドリィはビリィの様子に満足そうに目を細めて、そして大きく一歩を踏み出した。
「そうよ、幸せを求めて!」
 ドリィが振り返り笑う。ビリィもその後に続いた。乾いた土に一際大きく足音が響いた。

 太陽がその光で、二人の背中を後押ししていた。ビリィの胸に何か新しい予感を差し挟んで。ビリィは剣に触れていた手を見つめ、握っては開き、そしてまたぐっと握りしめた。そして顔を上げ、今にも走り出しそうなドリィの背を追った。


 そう、2人の長い旅路は、今、始まったばかりだったのである。
 
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