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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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「おはよう、ビリィ」

 次の日ビリィが目覚めると、すでにドリィは出発の支度を整えていた。グローブをキュッと手にはめている。ひんやりとした朝の空気がビリィの頬を撫でる。

「……おはよう……え?」

 一瞬自分の置かれている状況がよくわからず、ビリィはパチパチと瞬きをした。しかしすぐにハッとして起き上がる。
 建物の中はもうすっかり明るく、日の出からはいくらかの時間が経ってしまっているようだった。ただ、頬を撫でる空気の冷たさが、まだ朝になってから間もないことをビリィに感じさせる。
「……起こしてくれてよかったのに」
 暫く何を言ったものか思案して、しかし言えたのはそれだけだった。ドリィはクスクスと笑う。
「起こしたわよ。でも、ビリィったらどんなに叩いてもビクともしないんだもん。よっぽど昨日の徹夜が堪えてたのね」
「う……」
 ビリィは居たたまれず口を噤む。恥ずかしいような、それでいて暖かいような、そんなくすぐったい気持ちが胸の奥で燻っていた。なんだか懐かしい気持ちがする、そんな会話だった。
「十年前の地図では、まだ次の村まで随分距離があるわ。食料は節約して……ああ、まだ宿のおじさんにもらった山羊の乳があるから、それだけ傷む前に飲んでしまいましょう。」
 ドリィに差し出されたコップを受け取って、ぐいと口の中に流し込む。ごくりと飲み込むと、はたと気が付いたように聞いた。

「そういえば、昨日寝る前にドリィに何か聞いた気がするんだけど……覚えてるかい?」
「ビリィが自分で聞いたことを忘れてるのに、私が覚えてるわけないじゃない。寝ぼけてるんじゃない?」
 ドリィは笑って言った。ビリィは「そうだったかな」と頭に手をやると首を傾げる。
「さぁ、出発しましょう」
 ドリィの言葉に、ビリィは不安げに瞳を揺らした。
「……ドリィ、本当にこの先に村なんてあるのかい?」
 それは、ビリィにとってはできれば考えたくはないことだった。しかし、昨日出発したハルーカの街より西向こうにかつてあったはずの村や街について、情報が全く入ってこないことも事実だった。
 ハルーカの街を離れる時、宿屋の主人が不安げに話していた言葉が胸の内に蘇る。

『アビスがこの世界に現れて随分経って、確かに旅人の数は随分減った。どこに行ったって逃げられるものじゃないし、アビスのせいで滞在できる町や村が減って旅自体が難しくなったのもある。しかし、いないわけじゃないんだ。うちの宿屋にだって、あんたたちみたいに人が泊まりに来ることはある。ただ、それは全員東からなんだよ。
 そしてそのほとんどはこのハルーカの街でUターンしてまた東に帰っていく。そして、残りの西へ向かった人たちが……またハルーカの街へ戻ってきたことは10年前から一度もない。あんたたち、本当に西へ行くのかい』

 ビリィは目を伏せる。胸に置いた手がぎゅっと握られた。歩を進めようとしていた足が竦む。
 ドリィはそんなビリィを見上げ、パンパンとズボンの尻を叩いて立ち上がった。
「そうね。アビスが現れてすぐに滅ぼされた村や街は多くて、とても把握できるものじゃない。特に西の方は被害が大きくて、ハルーカの街より向こうにはもう何も残っていないって言う人もいるわ」
「なら、」
「……もしそうだとしても、その時はまっすぐコルマガ王国を目指すだけの話よ」
 ドリィは西の空に輝く虹を見据えてハッキリと言った。ビリィからは背中しか見えなかったが、その声はあまりにも真っ直ぐでぐっと胸が締め付けられるような心地がした。
「……それは、アビスが最初に現れたのが、コルマガ王国だということと関係があるのかい?」
 ビリィは言葉を選んで、やっとそれだけを聞いた。昨日のドリィとの会話が蘇った。

 それとも、彼女もまた。

「そうね。昨日出発するときも言ったけど――アビスは、近頃すっかり西の地にしか姿を現さなくなっているわ。まるでコルマガ王国を目指すかのように。この先にたとえもう人が住んでいないとしても、きっと、まだ、コルマガ王国には『何か』ある」
 ヒラヒラとドリィの首に結ばれたリボンが揺れていた。乾いた砂を巻き上げるように風が吹き抜けていた。ビリィは暫くドリィの背中を見つめていたが、やがて後を追うように立ち上がった。
「それとも、アビス達も帰ろうとしているのかな。――自分の、生まれた土地へ」
 ドリィの肩がピクリと上がった。ビリィはドリィの隣に立つ。見下ろした視線の先に見えた表情は、やはり感情を押し殺したように静かだった。琥珀色の瞳がそっと閉じられて、ドリィは自嘲するように笑った。
「……そうね、そう、そうかもしれないわ」
 

 
***
 
 それからの道中は非常にスムーズに進んだ。谷間のため道が平淡なのも幸いして、途中何度かの野宿をしたものの、数日後にはハルーカの街からは随分離れたところまで進むことができた。
「あら、」
 ふいにドリィが気づいたように足を止めた。ビリィもそれに倣うと、足元には緑の草がところどころに生えるようになっていた。
「珍しいわね、こんなところで」
 ドリィが興味を持ってしゃがみこんだ。降雨量が非常に少ないこの地方では、植物……特に緑の草木はほとんど生えないと言っていい。
「もしかして、近くに池や湖があるのかしら」
 ドリィの言葉に、ビリィははたとあることに思い至った。
「ルドラの村が近いんじゃないかい。あそこは確かこの辺じゃ珍しいぐらい大きな湖があったはずだよ」
 ビリィが崖を見上げると、確かにあちこちに蔦や草が生い茂っている。改めて進む方向に視線をやると、谷間の幅は少しずつ広くなっているようだった。ゆっくりと道がカーブを描いている。
「ルドラの村……」
 ドリィは手に持った地図を広げた。ビリィもそれを覗きこむ。
「ほら、ここがハルーカの街。西に向かってずっと歩いてきたから……この崖を抜けたところにルドラの村があるはずだよ」
 ドリィは何か考えるように視線を下げ、また顔を上げた。
「そう……そうね」
対してビリィの声は弾んでいる。
「ルドラの村なら何度か行ったことがあるよ。僕の住んでいたエストからも近かったからね。この調子だと、今日中に着くんじゃないかな」
 そわそわとビリィは手を空に彷徨わせた。いつの間にか口角が上がっている。帰ってきたのだ、その思いがビリィの胸に満ちていた。気づいたら歩調も速くなっていた。

「ビリィ、待っ、」
 ドリィが慌ててその背中を追おうとした。その瞬間、視界に入ったものにドリィは大きく目を見開く。
「ドリィ?」
 ドリィの様子に気づいたビリィが振り返る。そして、ただ一点を凝視するドリィの視線の先を見て、

 そしてビリィも、「それ」に気づいた。

「……まさか……」
 緩やかなカーブを描く岩肌。その壁の隅にちょこんと座っているそれは、確かに人であった。少し浅黒い肌に、うす水色の髪の毛は肩に届かないぐらいの長さだった。袖のない服からむき出しの腕には、まるで手錠のように大きな腕輪がつけられていた。遠目からではよくわからなかったが、しかしあまり年がいっていないような、いや、もしかしたらドリィよりも幼いかもしれなかった。
「きみ、」
 ビリィが駆け寄ろうとした時、向こうもこちらに気が付いたようだった。ハッと顔を上げると、すぐに岩壁の向こうに姿を隠した。
「ちょ、ちょっと!」
 ビリィはすぐに後を追いかけた。ドリィも後に続く。カーブを越えて広がった景色の向こうで、その子どもの後ろ姿はもう随分小さくなっている。
「なんて早いんだ……!」
 やがて、谷間にも終わりが見えてきた。高い崖が行く手を阻んでいる。これで追いつける、ビリィがそう思ったのもつかの間、その子どもはなんのためらいもなく崖に手をかけて登りだした。
「ちょ、ま、早……っ!」
 崖のぼりでさえも信じられないような速さで次々に突起に手足をひっかけて登っていくその姿に、ビリィは思わず感嘆の溜息を洩らした。しかしさすがに走るようにはいかないようで、ビリィ達との距離は少しずつ縮まっていく。それにつれ、子どもの姿はだんだんと鮮明になっていった。

「待って、君は」

 手を伸ばすと同時に、ビリィは奇妙な既視感を抱いた。ずっと前にそうやって誰かを追いかけて、そう、その相手は、今見ている後ろ姿にとてもよく似ているような……。

「……ルッカ?」

 ゆるゆるとビリィの足が止まる。絞り出すように放った声は、しかし相手にも届いたのだろうか。今にも崖の頂上に手をかけようとしていたその子どもはピタリと動きを止めた。
「……、……?」
 何か呟きながらビリィ達の方を振り向く。初めてはっきりと見えたその顔に、ビリィは息を呑んだ。

「ビリィ、さっきの子どもは……」
 あとから駆けてきたドリィも足を止める。崖の上を見上げ、深く長いため息をついた。しかしその息はとても細く、彼女もまた、目の前の光景に絶望していることは容易に想像できた。
「……ルッカ……、君、ルッカなのかい?」
 暫く放心したかのように子どもを見上げていたビリィは、やっとそれだけを聞いた。水色の髪の少年はまだその場を動かず、困ったような顔をして首を傾げている。しかし、やがてひとつの言葉を呟いた。
 
「ビリィ?」
 
 ビリィの目が見開く。知らず震えだした手を強く握りしめた。そして、感動の再会を果たしたはずの『友人』の姿をじっと目に焼き付ける。
「ビリィ……もしかしてあの子は、まさか」
 背中からドリィが恐る恐る声をかけた。その震える声は、何に対しての恐怖だっただろうか。彼女もまた、その子どもの“異様な”姿を見ていた。
 痩せ細った手足には太くて重い腕輪がつけられて、最早服の体を成しているかも怪しいほどのボロ布を身にまとっている。立ち止まって今、近くでまじまじと見てこそ、よりそれらは小さな子供が身に着けるには似つかわしくないものであるように見えた。
しかし、それらを遥かに凌駕するほどに恐ろしいものが少年の額にはついていた。角だ。
乳白色に輝くその歪な形を、ビリィはよく知っていた。そう、それはつい最近、砂漠の中に墓標として立ててきた、
 
「アビスの、角……?」
 
びくり。痩せ細った小さな体が跳ねた。あっという間に崖を登り切り、その向こうへと飛び越える。
 
「あ……!ルッカ!」
慌てて再度呼びかけるが、消えてしまったその子どもが戻ってくることはなかった。ビリィは歯噛みすると、大きく地面を蹴って崖に手をかける。
「ビリィ!」
ドリィが咎めるように叫んだが、その声も聞こえないかのようにビリィは駆けていく。確認しなければならなかった。彼が本当にかつての自分の友人ならば、あの姿は。
 
頭の中で色々な考えがぐるぐると渦巻いて、ビリィは今、自分がどんな顔をしているかさえわからなかった。崖はいたるところに岩が飛び出していて、思ったよりも容易に登ることができた。それでも先程の子どもの速さは人間離れをしていたが。手の甲ほどの幅があるあんなに重そうな枷を手足に付けながら、なぜあんなにも俊敏な動きが出来るのか。それは、額から生えていたあのアビスの角に関係しているのだろうか。
 
崖の頂上に手がかかる。そのまま力を加え、崖の上に身を起こした。その向こうに広がった景色に、ビリィは息を呑む。
 
懐かしい景色だった。砂漠の真ん中に突如現れたそのオアシスに、ビリィはぐっと喉を詰まらせる。幼いころ、何度も見たこの景色。
「……ビリィ、お願い、手を貸して……っ!」
背中から聞こえたドリィの声に、ビリィははっと我に返った。振り向くと崖の頂上近くで手を伸ばしきれずに立ち往生しているドリィの姿があった。ビリィは手を伸ばす。
「ルッカの方が背が低そうだったけどね。届かないのかい?」
「あの子だって、ジャンプしていたわよ……!」
 からかうようにビリィが声をかけると、ドリィはバツが悪そうに返した。ビリィに引っ張られてドリィも崖の上に上ると、目の前の光景に深いため息をついた。
「これが……」
 目を見開いて、そこに広がった景色を目に焼き付けるドリィに、ビリィは優しく語りかける。
「昔のままだ……十年前からちっとも変わってない。ここがルドラの村だよ、ドリィ」
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