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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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 この世界の遙か西、シジレ地方に点在する小さな小さな村のひとつにビリィは生まれた。全速力で走れば子どもでも村を一周するのに10分もかからないような、そんな村だった。
 決して豊かとは言えなかったが、誰もが顔見知りのその村で、確かに自分は愛されて育てられたとビリィは今でも思っている。そしてその愛情は、あの日、きっともうすぐ生まれる「彼女」にも注がれるんだろう、ビリィは疑いもなくそんな日々が続くと信じていた。
 
 
 しかし。その思いは突如として現れた怪物に、粉々に打ち砕かれることとなる。
 
 
「アビスの通った後には、瓦礫すら残らない」
 思い出がフィードバックするビリィの耳に、ポツリと少女の呟きが聞こえた。
 
 アビスは、10年前、突如としてこの世界に現れた化け物だった。
 その体は天まで届くほどに大きく、皮膚は象のように固い。長い牙の生えた口からは炎の息を吐き、長い尻尾は一振りするだけで幾重もの石を積み上げて作った建物さえ10は下らず簡単に粉々にしてしまう。
 西の果てにあるとされる国で最初に現れたと言われているが、詳しいことは定かではなかった。何せ、その国でさえアビスに滅ぼされてしまったのだから。
 
 ビリィは瞼の裏に焼き付く、あの日の風景を思い起こす。
 炎に包まれる村、肉の焼ける臭い、空にまで届くかのような大きくて黒い影。
 
 あの日、自分はあの怪物に全てを奪われた。
 優しかった母も、厳しくも暖かかった父も、すれ違えば必ず声をかけてくれた村の人々も、みんな炎の中に消えてしまった。そう、母の中に息づいていた、小さな小さな命さえも。
 アビスはその巨体で軽々と建造物を吹き飛ばし、息を一吐きしただけで一面を炎に変えた。ビリィは覚えている。あの怪物が本当に何気なく、自分の歩む道に置かれてあったものをどかすように、一つの村を呆気なく滅ぼしてしまったあの光景を。
 
 だから決めたのだ。これ以上自分のような境遇の人間は出さないように。
 そして、村を滅ぼし、大事な人々の命を奪った怪物に復讐を。
 
 この10年の年月で、ビリィは自分の体を鍛えぬいた。自分を助けた、東にある街に住む人の元で剣の扱い方を学び、そしてまた、忌まわしい過去のあるこの西方の地へと帰ってきたのだった。
 
 
「君は?」
 今度はビリィが少女へと訪ねる番だった。
 少女は髪の毛を遊ばせていた手を止め、「そういえば、お互い自己紹介をしていなかったわよね」と言った。そして、
「あなたの名前は?」
 そう聞いてくる。質問に質問を返されて、ビリィは少し呆気にとられながら答えた。
「僕はビリィ。ビリィ・ヴァーさ」
 その返答を聞いて、少女は少しだけ驚いたように目を丸くする。
「そうなの。よろしくね、ビリィ」
「あ、あぁ……」
 完全にこの子のペースだな。ビリィは戸惑いながら目の前の少女を見つめる。
 茶色みがかった髪は背中の一房だけ腰まであり、残りは肩より上で外向きに跳ねていた。ノンスリーブのワンピースは重ね着をしているようで、ふわふわしたレースがスカートの隙間から時々覗いている。腕と足はスパッツ生地の黒いカバーで覆われていた。
 見た目より少しだけ大人びた格好は、やはり一人で旅をしているからだろうか。しかし肩にかけた鞄の小ささは、人の住む集落が非常に少ないこの地域で前の街から一体どうやってここまで生き抜いてきたのか不安を覚えるほどだった。
「それで、」
 君は?……そう続けるより先に、またもや少女が口を開いた。
「名前、似てるのね。ビックリしちゃった。私はドリィ。ドリィ・マストよ」
 またも出鼻を挫かれて、ビリィは口を噤む。しかし、その名前に聞き覚えがあるような気がして、モゴモゴと口の中で反芻した。
 と、今まで一緒になって神妙に話を聞いていた宿の主人が、突然堰を切ったように笑い出した。
 
「ははは!何を言ってるんだい!そりゃあ、コルマガ王国のお姫様の名前じゃないか!あそこは、10年も前に滅んでいるよ!」
 
 そうだ。それは当時6歳だったビリィでも、幾度か聞いたことのある名前だった。
 
 この世の果てとも呼ばれる、最西の地に大きくまたがり存在していたコルマガ王国。ビリィの住んでいたシジレ地方の村は、コルマガ王国から離れて初めの集落だった。毎夕、あの地平線を埋め尽くすかの如き遥か長い城壁に夕日が沈む様を見ていたことを思い出す。物心ついてすぐに一度だけ連れられたその国の入口は、幼かったビリィにも大きな威圧感を与えてそこに存在していた。果てしなく続く、白レンガがうず高く積まれた壁に作られたその入口は鋼鉄に閉ざされ、まるで要塞のようだと幼心にも感じたことを覚えている。
 しかし、その国はもうずいぶん前に滅んでいた。そう、西の果ての国。アビスが初めて現れ、滅ぼしたと言われる国そのものだった。
 
 それこそ、国民の生存は絶望的だと聞いていたが……。
 
「お嬢ちゃんの年じゃ、どんなに頑張ったってドリィ姫様にはなれないだろう。あの方はもし存命なら、今年で18になるはずだからね。その上マストの名前を冠することが出来るのは、この世界でコルマガ王国の王家の方しかいらっしゃらないよ。国が滅んだ今だからこそ咎める人は誰もいないけど、5代目国王が聞こうものなら、お嬢ちゃんですら絞首刑は免れないぐらいの罪になるさ」
 宿の主人が肩をすくめた。茶化した語り口だったが、それが誇張されたものではないということは、笑い切れていないその瞳からも感じ取れた。10年如きでは、あの国の威厳が消えるわけはない。その眼はそう告げていた。
 ドリィと名乗る少女は、その茶色い瞳で宿の主人をじっと見つめた。そして苦笑し、「そうね。気をつけるわ」と一言だけ言った。
 ビリィは在りし日に見たドリィ姫を思い出していた。そうだ。あの人が初めて国民の前に姿を現した日だった。
 その時彼女はほんの5歳で、ビリィは3歳で……2つしか違わないぐらい小さいのに、姫様の方は随分大人っぽいな。そう父が話していた。
 城壁に突き出したバルコニーに立っていたため、ビリィには遠くて姿はよく見えなかったが、確かに今の少女のように、艶やかな髪の色をしていたような気がする。
 そう思うと、口が自然と開いていた。
 
「じゃあ、ドリィって呼んでいいかな」
「!」
 
 ピン、と空気が張り詰める音がした。宿の主人が思わず身構え、少女はその瞳を大きく見開いてビリィを見つめる。
 それでも、ビリィは敢えてあっけらかんと、
「確かに、僕と似た名前だ。よろしく、ドリィ」
 そう、手を差し出した。
「お、お客さん……」
 宿の主人が戸惑いがちに口を開く。きっと彼ほどの年齢なら仕方ないのだろう。既に滅んだ国とはいえ、最西の地を制圧したその力を忘れることができないのだ。それこそ、小さな少女の戯れ言と笑い飛ばすぐらいしか。
 しかし、コルマガ王国が滅ぶまでに生まれているかすらわからない目の前の少女がその名をなぜ語るのか。その理由がわからない限り、迂闊に彼女の気持ちを踏みにじりかねない言動はしたくなかった。ビリィは静かに首を横に振る。
「彼女がそう名乗るなら、きっとそうなんでしょう……ほら、」
 そう言ってビリィは更に大きく手を差し出した。
「あ、ええ……よろしく、ビリィ。あなたって変わってるのね」
 差し出された手に呆気にとられながら、ドリィは躊躇いがちにその手を握り返す。胸に抱えた剣の鞘にぎゅっと力を入れた。
「そうかな、君ほどじゃないと思うけど」
 ビリィはそう言って笑った。
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