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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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 果てしなく広がる青空の下、 君となら、どこまでも行けるって思ったんだ。
 
 


 
 
 
 
 
************

 それは、真っ赤な世界だった。
 
 炎に包まれる自分の村。肉をジリジリと焦がす臭いが辺りに充満している。生まれ育った家に目を向けた。もはやそれは元々建物の形をしていたかも怪しい程に、ただの木くずと瓦礫の集まりとなっていた。
 その隙間から流れる赤黒い液体が何を意味するものなのか。答えはひとつしかないのに、脳は考えることを止めていた。村を包む炎は肌を焦がし、吸い込んだ空気は肺を焼いた。それが熱から痛みに変わった瞬間、彼ははじかれたように叫んだ。
 
「―――――――~~っぁああああああああああああっ!!!」
 
 それが意味のある言葉だったのかどうかは、もう、彼にすらわからないままに。
 
 
 
************
 
 目を開けると、見慣れない天井がそこにあった。耳に届く自分の息が荒い。ビリィは暫く呆然としていたが、やがて額の汗を拭い、重い体をぐっと持ち上げる。
 
 またあの夢だ。ビリィはゆっくりと首を横に振った。
 
 チリチリと肌を焦がす感覚が、未だに全身に残るようだった。汗でびっしょりになったシャツを脱ぎ捨てる。鏡に立てかけた剣を取ろうと手を伸ばすと、ふいに鏡の中の自分が目に入った。
 『あの日』から鍛え抜いてきた体は、がっちりとした筋肉をつけて鏡に映っている。16歳という年齢には似つかわしくなく、腹は複数に割れ、二の腕は隆起していた。しかし、その体の上にある頭……その表情と目が合って、ビリィはふっとため息を吐いた。
 
「……なんて顔だ」
 そしてそのまま、剣を持とうとした手でその顔を覆った。
 
 
「おはよう、よく眠れましたか」
 服を着て階下に降りると、宿の主人から声をかけられた。その言葉に、ビリィは笑顔を返す。
「こんなに柔らかな布団で横になったのは本当に久しぶりです」
 宿の主人は、「おや、うれしいことを言ってくれますねぇ!」と豪快に笑った。ビリィはそっと目を細める。悪夢のことはそっと胸にしまった。
 黒くて襟の立った長袖の服に腕を通すと、先ほどの隆起した肉体はすっかりその中に納まって隠れてしまい、ビリィは年相応の少年になっていた。
「本当に……こうやって、宿に泊まるのも久しぶりだったんです。この辺じゃ、街があったとしてももうほとんど人がいませんから」
 ビリィの言葉に、宿の主人は苦笑する。
「……まぁ、こんなご時世じゃどこに行ったってそう変わりませんからね。10年も経ってしまうと、感覚が麻痺してしまっていけません」
 ビリィはその言葉に曖昧な笑みを返す。今朝の夢が脳裏を掠めた。今もあの熱が肌を灼いているような気がして、ぎゅっと腕を掴む。

 感覚が麻痺なんて、するはずがなかった。

「おかげで、暖かい布団とおいしい食事にありつけるわけですね」
 宿の主人が「ハハハ!」と笑う。皮肉にも取られかねない言葉だったが、幸いそれすらもひっくるめて笑ってくれたらしい。強い人だ、とビリィは思った。
 ひとしきり笑った後、宿の主人は部屋の隅を指さした。
「朝ご飯はもうできていますよ。先に顔を洗ったらどうですか?」
「そうですね、そうさせてもらいます」
 机に剣を立てかけてビリィは答えた。そのまま部屋の隅に用意された洗面台に向かう。洗面台と言っても、井戸から汲み上げた水を入れた桶が置いてある簡易なものだ。それでもここは、すぐに水が用意できるだけ上等である。ビリィは桶に張った水を手で掬うとバシャバシャと顔を洗った。冷たい水が肌に心地いい。夢で感じた熱も取れていく心地がして、ビリィは念入りに顔をこする。と、ふと背中から声が聞こえた。
「おじさん、おはようっっ」
 それは、年端もいかない少女の声であるようだった。朗らかに明るい声が宿の食堂に響く。
「おお、おはよう、よく眠れたかい?」
「ええ、こんなにふっかふかのお布団、とても久しぶりだったわ!」
 宿の主人も、先ほどとは違いくだけたしゃべり方をしていた。宿の主人の質問に、ビリィと似たような返答を返すその声はやはり幼い。
 家族と旅にでも出ているのだろうか。そんなことをビリィが思っていると、宿の主人が少し声を落とした。
「しかし、心細くはなかったかい?この年でたった一人で旅だなんて」
 ビリィはその声を背中で聞きながらタオルを手に取った。そのままゴシゴシと顔を拭きはじめる。と、少女の方があっけらかんとした風に、
「平気よ。もう慣れちゃったわ!」
 そう答えるのが聞こえた。少しだけ、宿の主人が息を呑む音がする。ビリィもまた黙ったまま、タオルを窓枠にかけ直した。
 
と。
 
「ねぇ、変わってもらって大丈夫かしら?」
「!」
 すぐ後ろから声がかかる。慌てて振り向いて――……少し視線を落とすと、こちらを見上げている勝ち気な茶色い瞳と目があった。年は10歳にも満たないぐらいだろうか。背はビリィの肩にも届かない。こんなに幼い少女が、今のこの世界で、一人きりで旅をする理由などひとつしかなかった。やっぱり、とビリィは口を結んだ。
「……私も、顔を洗いたいんだけど」
 少女は憮然とした表情でビリィを見上げていた。ビリィは慌てて桶の前から離れる。
「あ、ああ、ごめん」
「ありがとう」
 ビリィの脇を通り、少女は桶の水をすくう。パシャパシャと軽い水の音が響いた。ビリィはなんともなしにその後ろ姿を見つめる。小さい背中だった。
 しばらくして少女は水だらけの顔を上げた。ビリィが先ほど使ったタオルを手に取って顔をこする。少しだけ顔をしかめた。
「湿ってる……」
「ああごめん、僕が先に使ったから」
 慌ててビリィが弁解すると、少女は濡れた前髪を指で整えながら振り返った。大きな瞳がビリィの姿をとらえる。
「あなた……」
 少女はビリィの顔を見、宿の主人を見、それから、机に立てかけたビリィの剣を見た。
「あなた、旅人さん?」
「まぁ」
 ビリィの言葉に少女はちらりとビリィの顔を伺った。またすぐに剣に視線を戻す。ビリィは少女の質問の真意をつかみかねて、やはり一瞬少女を見て、また目を逸らした。
「じゃあ、あれ、あなたの?」
少女がビリィの剣を指さす。それを目で追って、ビリィは少し押し黙り、そして、ためらいがちに口を開いた。
「……そうだよ」
 ビリィが答えると、少女は「ふぅん、」とさして興味がなさそうに返した。今度はじっとビリィの瞳を見据える。剣よりも、その持ち主本人の方が気になるようだった。
「あなた、切りたいものでもあるの?」
 ふっと瞳を細め、しかし視線は逸らさずに少女はビリィに再度問いかけた。ビリィは少しだけ目を見開いて、その視線にそっと自らのそれを沿える。旅をしてきて、こんな質問をされたことは初めてだった。
 剣の目的など、何かを切る以外にない。旅をする人々の中では、防衛のために持たない人の方が少ないぐらいだ。
 それでも、あえてこんな質問をするということは。
「まるで、僕が『何か』を切るためにこの剣を持ち歩いてるみたいな言い種だね」
「?……違ったかしら」
 ビリィが絞り出すように呻いた言葉を、あっさり肯定して少女は首を傾げた。ほとんどの髪は肩口で外向きに跳ねているのに、一房だけ長い髪が背中で揺れる。くりっとした大きな瞳は、その琥珀色の中にビリィの狼狽を映していた。そんな自分の姿を見て、ビリィは起き抜けに見た鏡を思い出す。
 ひどい顔だった。ひとつため息をつくと、ふっと目を伏せる。
「いや……合ってるよ」
 答えて、拳を堅く握りしめた。窓から通る風に、肌を灼かれた気がした。伏せた瞳の中には、轟々と唸る炎が燃えている。
 そんなビリィの様子を見上げながら、少女もまた自らの手を胸の上でぎゅっと握った。
「私も……持ってるの」
「え?」
 突然の少女の言葉に顔を上げると、少女はくりくりと目を瞬かせていた。その瞳は無邪気に見えて、どこかビリィを試しているようでもあった。
「剣よ。見る?」
 言うなり踵を返すと、少女は椅子に置いていた自身の荷物を手に取った。
 その鞄は小さく、少女の肩から軽く掛けられるぐらいの大きさでとても剣など入りそうにはなかった。そのため、それはきっと短剣かナイフの類だろうとビリィは思ったのも無理はなかった。確かにこの位の少女が持つには一番扱いやすいだろう。それがどれだけ役に立つかは置いておいて。
 しかし少女が取り出したものは、そんなビリィの想像の遥か斜め上を行った。
「これよ」
「これって……それは、」
 一瞬言葉を探す。けれど、やはりそのまま言うしかなかった。
「それ、柄だけじゃないか」
 そう、少女が鞄から取り出したのは、鞘も刀身もないただの柄だった。
 少し錆がかってはいるものの、重厚な輝きを放っているそれは、確かに名刀と呼ばれるには相応しかったのだろう。持ち手には複雑で美しい紋様が掘られ、その先には真っ赤なルビーが埋め込まれていた。きっとどこかの貴族……それ以上の地位の人が持っていたんだろうとビリィは思った。確かに、その点に置いては少女が見せたいと思うほどの価値はあるのだろう。
 しかし、ぽっかりと空いた鍔は、やはり本来の目的を果たすにはあまりにも役不足だと告げていた。
 けれど、少女はまたもあっけらかんと「えぇ、そうよ」と答えた。なんでそんな当たり前のことを聞くのか。視線でそう告げながら。
 少女の思惑がわからず、ぐるぐると回る頭でやっとビリィは聞いた。
「……君のは、何かを切る剣じゃないのかい」
 そうだ、少女は『何かを切る剣』を持つ自分に、『私も剣を持っている』と答えた――……。
 すると少女は初めてふっと目を伏せた。長い睫が逡巡するように二、三度揺れる。その様子は涙を堪えるようにも見えた。
 悪いことを聞いてしまったか、ビリィがそう思って言葉をかけようとする前に、少女の唇が開いた。
「何かを切る剣に、なるはずなのよ」
 そして少女はまたビリィを見上げた。その瞳は凛とした琥珀色で、少し気圧されるようにビリィは身を引く。
 何かを切る剣になる。単純に考えれば、そうおかしい言葉ではなかった。
 柄があり、鍔があるなら、あとは刀身と鞘さえ用意してやれば十分使えるようになるだろう。もちろん、それが年端も行かない少女でも持てる重さになるとは限らないけれど。
 こんな剣を持っているということは、この少女はどこか高貴な家の出なのだろう。もしその伝手さえ辿ることができれば、確かにその2つを用意できる職人に会うことは、さして難しくはないように思えた。
 しかし彼女が告げた言葉は、そんなことを指しているのではないのだと、ビリィはどこかわかっていた。そういえば、柄に掘られた紋様をビリィはどこかで見たことがあるような気がした。それが思い出せないまま、先に別の答えに思い至る。
 
 そうか、彼女も。
  
「……『何か』はアビスだね」
「……!」
 息を呑んだのは宿屋の主人だった。ゴトン!置こうとしていたスープの鍋が大きな音を立てて、スープと中の具が大きく跳ねた。少女はといえば、そんなビリィの言葉さえ想像できていたようで、「あなたもでしょう?」と囁くように聞いた。
 ビリィは全身の毛が粟立つような心地がした。チリチリと、肌の灼ける音がフラッシュバックする。
 
 
 そうだ。あの日の光景を、二度と忘れない。
 
 
 ギリリ、と拳が固く握りしめられた。ビリィは歯を噛みしめる。そんなビリィの様子をただ静かに見上げながら、少女は淡々と口を開いた。
 
「アビス。10年前に現れた、星の災厄」


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