忍者ブログ
創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 夕焼けが世界を赤く染める頃、ビリィはひとり、先ほどの街からほんの4、5㎞離れた砂漠に立っていた。やせ細った植物が時々申し訳なさそうに生えている以外は何もないひび割れた大地。
 地平線の果てに沈んでいく太陽をビリィはただ見つめる。先ほどの少女、ドリィの言葉が胸の内に蘇った。
 
 
『この街を出て、南西に4~5㎞。そこにきっと今夜アビスが現れるわ』
『なんでそんなことが……』
『いいから。ここからが本題よ。よく聞いて。あなたじゃ、アビスに絶対に敵わない。残念ながら何もできず殺されるのがオチよ。だから、逃げて』
『……』
『……言い方が悪かったわ。あなただけじゃない。人間じゃ、アビスに、敵わない。あなたも言っていたじゃない。今、私たちがアビスに対してできることは逃げることだけ』
『……それを、なんで僕だけに教えるんだ?』
『…………そんなのわかるわけないって、みんなが言うからよ』
 
 
 最後にドリィは自嘲気味に微笑んで、ビリィを残し宿を発っていった。ドリィのポーチが名残惜しそうに背中でそっと揺れていたことをビリィは思い起こす。
 
 最後の台詞は、どういう意味だったんだろうか。それはモヤモヤとビリィの胸の中でわだかまっていた。
 その言葉はとても、ビリィの質問の答えとは思えなかった。みんながわかるわけがないなら、ビリィだってドリィの言葉を信じないとは考えなかったのだろうか。
 もちろん、ビリィだってドリィの言うことを完全に信用したわけではなかった。ここにアビスが現れるなんて、なんの根拠があってそんなことが言えるのか。
 やつらは、天に届かんばかりの巨大な体を持ちながら、〝獲物〟にする集落の近くまでは絶対にその姿を現さない。なんの前触れもなく、突如として現れるのだ。そう、あたかも深淵から這い上がってくるように。
 アビスに目をつけられた集落は、滅びるしかない――……それはこの世界において、逃れようもない絶望という〝現実〟だった。アビスが現れてからでは、逃げる時間すら与えられないからだ。
ビリィやドリィのように、《運よく》生き残る者もいた。しかし、アビスが滅ぼしてきた村や街に置いて、そのような者がいるということの方が稀であった。ほとんどの集落は、その終末を知らせる暇もないまま全滅してしまう。そのため、生き残った者は『アビスの落とし子』とされ、逆に不幸の象徴と言われ、忌み嫌われることもあった。ビリィの内に、思い出したくないもう一つの思い出が蘇り思わず顔をしかめた。
 
 
「アビスの現れる場所がわかる、滅んだ王国のお姫様か……」
 ビリィはぼんやりとひとりごちた。
 まるでお伽話に出てくる登場人物のようだ。もしどちらも本当だとしたら、かなり出来すぎた話になるな。そう考えて、ビリィは苦笑した。
 
 ふと、ドリィの姿が自分によく似た少女と重なって、ビリィは思わず瞬きをした。あの日、あともう少しで生まれて来たはずの自分の妹。彼女も生まれていれば、今頃はあのドリィという少女ぐらいになっていただろうか。
「あんな生意気そうな女の子だったらやだな」
 ビリィは目を細めて薄く笑った。しかしその顔は、すぐに苦痛に歪められる。そう、生まれてさえいればという思いが、ギュッとビリィの胸を締め付けた。
「母さん……」
 遠い記憶の存在を呼び起こした。優しかった母。母のお腹の中に息づいていた、新しい命。ビリィはそれを、自分の妹と信じて疑っていなかった。ビリィの村では、なぜか二人目に女の子が生まれる確率が非常に高い。誰もが、ビリィたちに新しい家族が加わるその瞬間を心待ちにしていた。
 しかしそんな妹は、この世に生まれ出ることなく命を落としてしまった。そう、アビスの手によって。
 押された背中。投げ出された家の外。振り返れば、倒れた母に降り注ぐ、燃え盛る家の破片。慌てて押しのけようとしたが小さな体では力が足りず、そうこうしている内に別の村人の手によってビリィは抱えられた。
 すべてが終わった後変わり果てた村に戻ってビリィが目にしたのは、見るも無残な母の姿と、そして産声を上げることなく肉片になった妹の姿だった。
 ビリィは手元に持った剣を固く握りしめる。眉間にしわを寄せ、ギリリと目をつり上げた。
 
 そうだ、自分はあの日から、この時のためだけに生きてきたのだ。
 
 アビスに一矢報いるその時だけを願って、体を鍛え、剣の腕を磨き、ここまでやってきた。10年という月日は、彼の憎しみを薄れさせることはなく、却って日が経つごとにその思いを増大させていった。
 アビスとの決着をつけなければ、自分の中で安穏な日が訪れることは決してない。ビリィはそう確信していた。
 
 
 夕陽が少しずつビリィの影を伸ばしていく。ビリィの遥か後方にその影はずっと続いて、
 
 そして、緩やかに伸びた。
 
「……逃げてって、言ったのに」
 
 背中で、幼い少女の声がした。ビリィは一瞬目を丸くするが、それ以上は驚かずにぐるりと腰をひねる。
 そこには、少し拗ねたような顔の――…ドリィの姿があった。
「馬鹿ね。こんなところまで。こんな小さい女の子の言葉を真に受けて来るなんて」
 そう言ってドリィは薄く笑う。眉尻は困ったように下がっていた。ビリィもまた苦笑する。
「なぜだろうね。でも……君も、来るような気がしたんだ」
 きゅっとドリィの眉根が寄った。胸元に置いた手が強く握られ、服の皺が一層深くなる。
「ビリィは、ひとつも私に『嘘だ』って言わないのね。私の名前だって。おかしいと思わないの?もう亡くなった国のお姫様の名前を名乗ってるのよ。その国が亡ぶ前に生まれてるはずのない私が」
 ドリィの息が心なしか浅く聞こえた。その瞳は縋るようにジッとビリィを見つめている。ビリィは目の前の少女が何をこんなにも辛そうな顔をしているのかわからなくて、二、三度瞬きをする。そう、まるで。
「だって、君が泣きそうな顔をしていたから」
「!!!」
 バッ!胸元でぎゅっと握られた手を大きく後ろ手に振って、ドリィの目が大きく見開いた。勢いでビリィに飛び掛かりかけようとして踏みとどまり、そのままキッとビリィを睨み付ける。その瞳が潤んでいて、ビリィは知らずと後ずさった。
「まぁ……今ほどじゃ、ないけれど」
 ドリィの肩が上がり、顔がかぁっと赤くなる。ドカドカとビリィに詰め寄ると、その勢いに呑まれて背筋を反らしたビリィの服の胸のあたりを両手でつかんだ。その手は小刻みに震えている。
「あなたは……っ」
 ぐい、ビリィの体を引っ張ると同時に顔をぐっと寄せた。琥珀色の瞳に光がゆらゆらと揺らめいてビリィを映している。
「…………大馬鹿者ね」
 寄せていた眉がゆっくりと下がっていく。ポツリ、ドリィは呟くと、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
 ビリィはあまりのことにあっけに取られて、掴まれていた部分に手を触れながら、放心したままドリィを見つめた。ドリィはそんなビリィを見て、口の中で少しだけ笑った。
「でも、そういう人嫌いじゃないわ」
「……そりゃあ、どうも」
 ビリィは唖然とした表情のまま、そう言って苦笑した。
「あなたみたいな人、本当に初めてよ」
 ドリィはビリィの脇を抜けると、そのままそびえ立つ岩にもたれかかった。
 夕焼けが少しずつその色を夜に変えていく。ビリィやドリィの体にも影を落としていった。やがて空には星がぽつぽつと輝きだす。ドリィは微笑んだままビリィを見つめていた。ビリィは何か、心に小さく疼くものを感じてそっと手を握る。
「ドリィ、君は……」
 ドリィの口が、小さく開かれた。
「ビリィ、あなたなら、もしかして……」
 
 しかしその呟きは、大地を駆ける咆哮にかき消された。
 
PR
<< NEW     HOME     OLD >>
Comment
Name
Mail
URL
Comment Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 
Color        
Pass 
<< NEW     HOME    OLD >>
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア
最新CM
最新記事
(02/16)
(02/12)
(01/31)
(01/29)
(01/22)
最新TB
プロフィール
HN:
夏樹来音
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
最古記事
P R
忍者ブログ [PR]
 Template:Stars