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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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 遥か昔、この世界は二つに分断された。
 “アシンメトリィ・コミット”と呼ばれた大きな事件によって、惑星の半分が不毛の大地へと変わった。
 残ったもう半分の土地も、かってあったと言われる潤沢な水源はほとんど枯れ果ててしまった。荒れ果てた大地に残された人々は、数少ない水資源を求めて点々と小さなコミュニティーを作って生活していた。
 そんな生活が幾世代か続き、かつて世界を襲った災厄が伝承でのみ語られるようになった頃、突如それは西の果て、人々が別れを告げたその大地をすぐ背にして現れた。
 この世界において初めての、そして今なお類を見ない大きさの、純然たる国家。
 
 コルマガ王国は、そんな国だった。
 
 
 
 
 
***

 それは、誰の声だったろうか。
 
 
 泣き声がする。遠い記憶の彼方、沈んだようにたゆたう思い出の中で。
 もう泣くなよ、そう呟いたが声にはならなかった。
 泣き声は止まない。酸素が足りなくなって何度もえづきながら、それでもなお上げ続けるその声に、なんだか胸をぎゅっと締め付けられるような気持ちになる。
 
 
 この声を聞いたことがある。
 
 そう思う。けれどどこで?
 
 この声の主を知っている。
 
 そう思う。けれど誰だ?
 
 
 それでも、その泣き声にどうしようもない切なさと愛しさを覚えて、やはり気づけば語りかけていた。
 
 
 もう泣くなよ。ずっとそばにいるから。
 
 
 
「――リィ、ビリィ」
 頭上から声がする。まだ夢の中に引っ張られるような気だるげな気持ちの中、ビリィはゆっくりと目を開いた。
「よかった。やっと目が覚めたのね」
 目の前には栗色の瞳でこちらを覗きこんでいる少女の姿があった。ビリィは思案し、やっとその名前を口にする。
「……ドリィ」
「そうよ。昨日会ったばかりの人の顔を、もう忘れちゃった?」
 ビリィの心の中を見透かしたかのように、ドリィが茶化して言った。しかしその瞳の中には、安堵の表情が混じっている。
「歩いてたらいきなり倒れるんだもん。びっくりしちゃったわ。目が覚めて本当に良かった。あんまり心配させないでよね。街の中じゃないんだから、体調には十分に気を付けてもらわないと」
 安心したのか、ドリィは大仰にため息をついて苦言を呈した。
 そうか、昨日寝ないまま街を出て来てしまったから、あまりの疲労に意識を失ってしまったんだ。
 ビリィは少し頭痛の残る頭で記憶を手繰る。そうして、思い至った結論に眉根をきゅっと寄せた。
「……一睡もしてない僕を急かして街から出発させたのはドリィの方じゃないか」
 そう、昨日はアビスを倒して、その礼にと街の人が宴を催してくれたのだ。今まで決して人間が敵う相手ではないはずだったアビスを倒す存在が現れた。その喜びは、人々を一晩中熱狂させるに十分だった。宴の主役が途中で席を外すわけにもいかず、そのままずるずると付き合ってしまったのだ。
 そして、朝に再会したドリィに急かされて街を出たビリィは、一睡もしないまま灼熱の砂漠に放り出されることになってしまった。
 ビリィがその不満を隠さないままにドリィを見やると、「そんなこと言われても」と言いたげに肩をすくめた。
 ふいに、額にひんやりとした心地よさを覚えてビリィは手をやった。濡れタオルだ。何度か触ってその正体を確かめたビリィは、タオルを手で抑えたまま体を起こした。
「僕、どれぐらい倒れていた?」
「さぁ。東にあった太陽が、西に傾くぐらいまでは」
 ドリィは首を傾げる。その脇には水が半分以上なくなっている水筒があった。ビリィは顔をしかめる。
「ドリィ、君ずっと介抱をしてくれていたのかい」
 確かに、ビリィには正午近くまでの記憶があった。朝、西の空で地平線いっぱいにその足を広げていた虹はいつの間にかその姿を消してしまっていた。ビリィは空を見上げる。太陽の傾きをみると、ざっと2、3時間ぐらいは眠ってしまっていたのだろうか。
「置いていくわけにもいかないでしょう」
 ドリィは笑う。ずっと傍についてくれていたのだろう。地面に着いた膝が赤かった。先程まで自分が倒れていたその頭の部分には、ドリィの鞄が敷かれている。ビリィは急に自分が情けなくなって、ガシガシと頭を掻いた。
「……ごめん、ありがとう」
 目を合わせるのも恥ずかしくて、そっぽを向いたまま呟いた。視界の端のドリィの顔は、優しく微笑んでいる。
「まぁ、私も無理をさせてしまったから」
 その声があまりにも大人びて聞こえて、ビリィはドキリとした。慌てて居直ると、やはり無邪気な少女の笑顔だった。なぜかほっと息を吐く。
「でも水が……。次の村までどれだけあるかわからないのに、もうそれだけしかないじゃないか」
 ビリィはドリィの脇にある水筒を指さした。ドリィはきょとんとその指の先に視線を合わせ、「ああ!」ポンと手を叩く。
「それがね、ビリィ。すごいのよ!《遺跡》があったの!しかも、ほとんど壊れていない姿で!」
 重要なことを言い忘れていたわ!ドリィはそう言いながらぐっと身を乗り出した。ビリィはその言葉の意味を考えて、瞬間、やはり驚いて目を丸くする。
「まさか!《旧時代》‐ティアモ‐の遺物かい?」
 ビリィの反応が理想通りだったのか、ドリィは目をキラキラとさせて頷いた。頬は紅潮し、鼻息も心なしか荒い。その様子に、ドリィがデタラメを言っているのではないことがわかって、ビリィにもその興奮が伝わるようだった。
 
 
 アシンメトリィ・コミット。
 
 それは、ビリィ達が生きるこの時代の始まりを語るにおいてなくてはならない言葉だった。
 世界の半分を人々の住めない不毛の大地たらしめ、もう半分にすら、今なお深く残る爪痕を残した大災害。その大災害より以前の歴史を、人々は《旧時代》‐ティアモ‐と呼んだ。
 ティアモでは、人々は豊かな資源に支えられて、世界中のあらゆる場所で水は絶えず沸き、植物は生い茂り、その中で成長した科学力の元、今では想像もできないほど潤沢な生活をしていたらしい。
 それはまるで楽園のようであったと、その時代を知る人が完全にいなくなってしまった今でもなお語り継がれている。
 そしてそれが、資源のないこの時代に生きる人たちが生んだおとぎ話ではないことをビリィ達はハッキリと知っている。それを証明するのが、地上のあらゆる場所に遺されていた《遺跡》の存在だった。遺跡は、人々が住む町や村の中や、地表が裂け、足を踏み入れるのも難しい奥地など、この地上のあらゆる場所に存在していた。しかし、そのほとんどが「アシンメトリィ・コミット」の影響や風雨にさらされた劣化により、その原型を留めてはいない。
 
「こっちよ、ビリィ」
 ドリィに手を引かれるがままビリィも駆け出す。左に聳え立つ崖の、緩やかなカーブに沿って行くと、やがてその壁の向こうに“それ”は姿を現した。
「すごい……」
 明らかに自然の力だけでは創造しえない、一寸の歪みもない球体。つるんとした外壁のてっぺんについていたのだろう柱が途中でボキリと折れ、こちらに傾いて崖の途中の岩にひっかかっている。球体の高さは軽くビリィの三倍はあり、その壁面には窓ひとつ付いていなかった。
 それでも、継ぎ目のないその壁面の輝きは、ビリィ達にそれを作る文明力の高さを想像させるに十分だった。
 悠久の時を超えてなお、朽ちることなく佇む《遺跡》。
「すごい……」
 もう一度ビリィが呟いた。ドリィも頷いている。しかしはた、と気づくと、繋いでいたビリィの手をぐいぐいと引いた。
「それでね、ビリィ。あの柱。中が空洞になっていたの。そこから、中に入れたのよ」
 ドリィが指さす。崖の途中に引っかかっている柱の先。あんなところまで行ったのか。ビリィは驚いたが、なるほど、岩が階段状につみあがっていて、そこまで登るのはそれほど苦ではないように見えた。
「中は、ティアモの遺産でいっぱいだったわ。この先に何があるかわからないし、少し早いけど今日はここを宿にしましょう?」
 
 
 遺跡の中は、外で受けた印象よりもさらにビリィを驚かせた。
 中は少し傾いていたが、通ってきた柱の辺りには何枚ものパネルが敷かれていて、近づいてみると非常に細かい透明のガラスがいくつもついていた。「用途はわからないけど、そこに何か映像を映すことができたみたい」とドリィは言った。壁や床も、ビリィにはなんの素材でできているか想像もつかなかったが、何百年もそこにありながら、未だに白く清廉な輝きを放っていた。
「谷の中にあったから、あまり自然の影響を受けなかったのかしら」
 ドリィが興味深そうに呟いて、床に散らばったものをひとつひとつ拾い集める。それも、特に模様もない白い四角い箱や球体ばかりで、ビリィにはどう使うのか全くわからない。ドリィは手に取ったものを丁寧に確かめては、また床に戻したり鞄に入れたりしている。
「それが何かわかるのかい?」
 ビリィの言葉に、ドリィは曖昧に笑った。
「はっきりとは……ただひとつ言えるのは、ほとんどが今はもう使えないガラクタになってるってことね。ここにあるものは、大半は何か動力を使って動かすものみたい。一体、ティアモにはどれだけの資源があって、それをエネルギーとして活用することができたのか……今では羨ましいばかりだわ」
 ドリィは肩をすくめてため息をついた。ビリィもまた何も言えなくなって、ドリィの手の中にある四角くて白い箱を見た。ドリィはこれをどう使うか、「はっきりとは」わからないと言った。しかし、こうやって鞄の中に入れるものと再度床に戻すものと選り分けているということは、今までにもそれを使ったことがあるのだろう。
「ドリィの鞄は、ずいぶん小さいと思っていたけど……まさか、中はほとんどティアモの遺産なのかい?」
「……ええ。おかげで旅が随分楽になったわ。ティアモの遺産は、闇市でもよく取引されているから。さっきは……ほとんどのものが動力を必要としていると言ったけど、中には太陽の光を貯めて夜に灯りになるものや、汚れた水を入れるだけできれいな水に変えてくれるもの、今この世界にある資源だけで利用できるものもたくさんあるの。ティアモが滅んでから何百年も経っているのに、未だに安全に食べることができる食物とかね。……まるで、ティアモの人々は、いつか自分たちの文明が滅ぶとわかっていたみたい……」
「……」
 ビリィは再度ドリィの手の中にある箱を見る。それは、なんの変哲もない白い箱に見えた。ビリィがこれを見つけたとしても、何の疑問もなくまたその場に捨て置いてしまうだろう。
 ティアモの遺産の使い方を知り、なおかつ、それを闇市で手に入れる交渉術。自分の半分ほどしか生きていないようにしか見えない彼女が、一体どれだけの場面を潜り抜けてきたのか。その人生を慮って、ビリィは一種の空恐ろしさを覚えた。
 目の前の少女は、もしかして自分が思っているよりずっとすごい存在なのではないのだろうか、と。
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