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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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「ビリィは、アビスのことをどれぐらい知っているの?」
 街でもらってきた乾パンを頬張りながらドリィが問いかけた。いつの間にか陽は落ち、柱の穴から覗く空にも星が輝いている。二人の間には火炎石が熾す火が煌々と輝いていた。ビリィが倒れている間に、ドリィが見つけてきていたものだ。昨日からすっかり世話になってばかりだな、とビリィは苦笑する。炎の向こうの真っ白な顔を見やった。
「全然さ。そこらで胡散臭い宗教家が話すこと程度しか知らないよ」
 ヤギ肉の燻製を歯で噛み千切ってビリィは答えた。モグモグと咀嚼しながら話を続ける。
「目を付けられた集落は必ず滅びる、何匹もいる。集団では行動しない。《旧時代》の文献に似たような怪物の記述がある。これぐらいだよ。
 その文献だって、コルマガ王国の滅亡とともにほとんど焼けてなくなってしまったらしいから、実際どんなことが書いてあったかなんてわからないし」
 ビリィは肩をすくめる。ドリィは「そう」と言ってまた一欠けパンをちぎって口の中に入れた。

「……ドリィこそ、どれだけアビスについて知っているんだい。どうして、この剣がアビスを倒す力を持っていると知っていたんだ?それにこの剣の柄、アビスの尻尾の裏にあった模様と同じ紋様が刻まれてる。どこで手に入れたものなんだ?」
 ずっと疑問に思っていたことをビリィはドリィに問いかけた。わからないことはたくさんあった。なぜアビスの現れる場所がわかるのか、どうしてビリィをこの剣の持ち主に選んだのか、なぜ今は亡きコルマガ王国の姫の名を名乗っているのか。
「そんなにいっぺんに聴かれても困るわ」
 手に持ったコップの中の山羊の乳に落としていた視線がまたゆるゆると上がって、ドリィは困ったような笑みをビリィに向けた。
「……私がアビスについて知っていることも、ビリィとそうは変わらないわ。ただ、その剣がアビスを倒す力を秘めていて、それがいつか誰かを選んで。……そして、その人だけがアビスを倒すことができる。それだけはわかってた」
「……なぜ?」
「なぜかしらね。気が付いたら“知ってた”の。その剣もいつの間にか手元にあったものだし。全然記憶がないのよ」
 振り絞るように聞いたビリィの言葉を、ドリィはあっさりと返した。その視線は困ったように横に逸れていて、それ以上の詮索はされたくないと言いたげだった。
 ビリィは何も言えなくなってしまい、フゥと息をつく。困ったように頭をポリポリと掻いた。
「一緒に旅をするには、心許ないかしら?」
 ドリィがぽつりと呟いた言葉に、ビリィはハッとする。炎の向こうの顔を見つめたが、炎の明るさが影を飛ばすその表情は平坦で、うまく感情が読み取れなかった。
 ビリィは昨日の出会いを思い起こす。泣きそうなドリィの顔が、目の前の白い顔に重なった。
「……いや、君を信じるって決めたからね」
 自然と頬が上がる。腰に置いた剣の鞘を撫でた。
「この剣がアビスを倒す力を持っていることは確かなんだ。それは、昨日僕自身が確かめたんだから。そして、そのおかげで僕が助かったことも疑いようのない事実だ。命の恩人を信じるのは、当たり前だろう」

 ドリィは相変わらずコップを持って、感情の読めない顔をビリィに向けていた。しかし、キュッとコップの取っ手を握ると、肩に入れていた力を抜いて微笑む。
「理屈っぽい信じ方ね」
「でも、説得力があるだろう」
 ビリィも笑い返す。ドリィは「そうね……」と少し俯いて、何か思案するように目を細めた。

「……アビスについて、もうひとつ言えることがあるとするならば、」

 その声音に、ビリィの手にも思わず力が入った。
「アシンメトリィ・コミット。この星の半分を滅ぼし、そしてもう半分のほとんどの土地を今なお不毛の大地にしているあの大災害に、アビスが関わっていたことはまず間違いないと思うわ」
「……!」
 昨日街で演説をしていた宗教家の言葉を思い出した。まさかあの時否定的な態度を取っていたドリィからそんな言葉が出るとは思いもよらなかった。胡散臭い説だとばかり考えていたが、この剣を持っていたドリィの口から聞くと、信憑性が増すように思える。
 ああ、あの時あの宗教家は最後になんと言っていたのだろう?その時のドリィの言葉に気を取られて聞き損ねた自分を恨んだ。
 そんなビリィの態度を見透かしてか、ドリィは乳を一口飲むとため息をついた。
「……とは言っても、私はアビスもアシンメトリィ・コミットも神の怒りや祟りだなんて欠片も思っていないけどね」
 そして、鞄の中から古い紙の束を取り出した。
「《旧時代》の資料よ。ここまで旅をしてくる途中、少しずつ集めてきたの。……まぁ、きっとコルマガ王国に存在していた書物の数に比べたら微々たるものなんでしょうけど。
 この資料を見る限り、《旧時代》から遺された数々の伝承や文献がアシンメトリィ・コミットとアビスの存在を同時に語っているのはほぼ間違いないわ。アシンメトリィ・コミットが正確にどれぐらい昔に起こったものかはわからないけれど、アビスが現れた今、またその時が近づいているのかもしれない」
 ドリィの言葉に、ビリィはゴクリと唾を飲み込んだ。この星の半分を人が住めないまでに破壊し、残ったもう半分すら、ろくに植物すら生えない荒れ果てた大地へと変えてしまった大災害。時代が流れ、人々の記憶からその出来事が遠く消えて行っても、今なおその爪痕をこの世界に残しているのだ。
 ビリィはぐるりと建物の中を見渡した。この中にある道具や設備の殆どが、ビリィにはどう使うか見当もつかないものばかりだった。しかしその形状や、取り付けられた大小様々なボタンから、旧世界は自分たちが想像も及ばないような高水準の文明と科学力を持っていたことだけは伝わってくる。それを、ここまで完膚なきまでに崩壊させてしまうほどの大災害とは。今この世界でもう一度アシンメトリィ・コミットが起こったなら、そう考えただけで恐ろしかった。
「……まぁ、アビスが現れてからもう10年も経つし、アビスの出現が必ずしもアシンメトリィ・コミットに繋がるものではないのかもしれないけど」
 ドリィはコップの中身を飲み干した。鞄の中から小さく畳まれた布を取り出す。火に当てるとフワフワと膨らみ、人が一人包まれるだけの毛布になった。
「今日はあまり進めなかったから早めに寝ましょう、ビリィ。昼間は獣の姿をほとんど見かけなかったけど、念のため匂い消しと猛獣除けは建物の周りに張り巡らせておいたから、火が消えても大丈夫よ」
「準備がいいね……」
 ビリィは呆気にとられてそれだけを言った。ビリィ自身もここまで旅をしてきただけありある程度の知識は持っているつもりだったが、とてもドリィの手際には敵いそうもなかった。
「まぁ、この年で一人旅をするのも結構大変だしね」
 ドリィは何でもない風に答えて、薄く笑った。
 
 彼女に対しての謎は増えていくばっかりだな。そう思ってビリィはただ苦笑を返すことしかできなかった。



***

 夜の闇を煌々と照らしていた炎はすっかり消え、崩れた柱の穴から満天の星の光が二人に降り注いでいた。暗闇に慣れた目は藍色に沈む視界にぼんやりと夜の世界を映しだしている。

「……ビリィ、まだ起きてる?」
 隣で寝ていたはずのドリィの声がした。ビリィは視線を満天の星空に向けたまま答える。
「起きてるよ」
「……昨日も全然寝ていないんでしょう。早く寝ないと、また明日も倒れてかっこ悪い姿を見せることになるかもしれないわよ?」
「わかってるよ。……そっちが起きてる?って聞いたくせに」
 ビリィの膨れた声にクスクスと笑う声が聞こえた。モゾモゾと隣の毛布が動く気配がする。寝返りでも打ったのだろうか。
「ビリィは、どうして今西に来ようと思ったの?アビスを倒すためだけなら、ただアビスが現れた噂を頼りに進めばよかったのに」
「アビスが規則的な進路を取って現れないことぐらいは君だって知ってるだろ、ドリィ。そもそもあいつは一匹じゃないんだ。昨日倒したアビスだって、やつらの内のほんの一体に過ぎないんだから。アビスが現れた噂なんて、聞いたところで大して役に立たないだろう」
 少し近くで聞こえるようになったドリィの声に、ビリィは憮然として返した。二人の言葉が止まるたび、スゥ、スゥという呼吸音が夜の闇に響く。
「それでも、わざわざ東の果てから西までまっすぐ来ることはなかったでしょう?
 ……本当はビリィ、自分が生まれた村があった場所に向かっていたんじゃないの?」

 暗闇の中、ドリィの声だけが聞こえる。ビリィは輝く星々をひとつひとつ数えるように顔を動かさないまま視線だけさまよわせた。今横を見れば、きっとドリィはこっちを向いているんだろう。先程よりも近い声と気配がそれを示していた。しかし、ビリィは決してドリィの方を向かない。

「……そうだね。そんなつもりはないと思ってたけど……本当はそうだったのかもしれない。もう一度見ないと確かめられないのかな。もう、あの場所はないんだって。あんなに辛い思いをしたのに。
 ただ、どうしてか、今行ったら村があの日のまま残っているような、そんな気がしてしまうんだ」
 ビリィは観念したように呟いた。優しい声音だった。
「そう……そうね。生まれた場所だもの。帰りたいと、思うわよね」
 ドリィの声がフワフワと頭の中に入ってくる。いつの間にか瞼は重く、ゆっくりとまつ毛が下りてくる。

「ドリィは、……」

 意識が落ちる瞬間、ふと頭に浮かんだ疑問を最後まで言葉にできずにビリィは眠りに落ちた。もごもごと動いていた口はやがて寝息を立て始める。それをしばらく確認して、ドリィは「おやすみなさい」と微笑んだ。そしてまたゴソゴソと体を動かすと、今度は頭の先に置いていた鞄の口を開けた。そこから取り出したのは、白い絹で出来た小さな袋だった。口を結んでいた麻の紐をほどく。どちらもこの世界では非常に高級で手に入りづらいものだった。中から仄かな白い光が洩れる。
「……とうとう、ここまで来たわ。ここが始まりよ。絶対に、たどり着いてみせるから」
 それは、昨日ビリィに気づかれないようにそっとアビスの角からナイフで削り取った粉だった。月の光に反射してキラキラと輝いている。
 その光がドリィの瞳に反射して、ゆらりと揺れた。ドリィは少しだけ目を伏せると、また紐で袋の口を縛って鞄の中にしまう。

「……ごめんなさい」

 
 その言葉は誰に届くこともないまま、夜の闇へと消えて行った。
 
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