創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
崖の向こうにはまた長い下り坂が続いていて、まず目に入ったのは大きな湖だった。
流れ込む川がどこにもないということは、地底から湧き出ているのだろう。あまり大きくはないが、湖のまわりには木々が生い茂り、まるで湖を守っているようだった。
荒れ果てた大地では緑の植物は早々成人の高さまでも育たない。背の高い植物はほとんどが細い葉しか茂らない茶や黄土のものばかりだ。しかし、そこは文字通り砂漠の真ん中のオアシスだった。
久しぶりに見る鮮やかな緑の色彩に、ビリィは思わず何度も瞬きをする。
「ビリィ、あそこにあるのが……ルドラの村?」
ドリィが指さした。ビリィの視線はずっとその先を見つめている。森の中で一か所切り開かれたその広場には、小さな家が転々と並んでいた。
「そうだよ。シジレ地方の『小さな楽園』、ルドラさ」
ビリィはドリィの方を向いた。ドリィもビリィを見上げた。二人はどちらともなく頷いて、そしてまた前を向く。
「もしアビスが現れているなら、村自体がなくなっているはず……それなら、」
「あそこにまだ、人が住んでいる可能性はあるってことだね」
「……残っていたのね、やっぱり、村は」
坂を下ると、木々の本当の大きさが徐々に姿を現してきた。
ビリィの身長の倍あるかないかぐらいだろうか。やはり砂漠の中にあっては、湖があると言えどそう高く植物は成長できないのだろう。それでも暫くぶりに見る緑の木々の姿に、ビリィはほう、と感嘆の溜息をもらした。しっとりとつもった落ち葉に歩を進める。
「ビリィ、あなたさっき、あの子どものことをルッカと呼んでいたけど」
崖の上からここまでずっと押し黙ったままだったドリィが俯いたまま口を開いた。先程の子どもの姿は、森の近くまで来てもとうとう見つけることはできなかった。
「……僕が生まれた村、エストは、このルドラの村から西に向かってすぐのところにあって、小さい頃は父さんに連れられてよく遊びに来ていたんだ。ルッカは、この村にいた、僕の一番の友達だった」
ビリィは目を細めて遠い記憶に思いを馳せた。
「僕と同い年の女の子でね。すごく元気で、二人して冒険ごっこをしては父さんに怒られてた。とてもよく笑う子だったんだ」
「同い年の……そう、そうなの」
ドリィはため息をついたが、あまり驚いたようには見えなかった。時々目の前に垂れかかる枝をよけては、二人は湖を横目に歩を進める。
「水色の髪に褐色の肌。このあたりに住んでいたはずのダダ人の、典型的な特徴よ。……見間違いだったと、いうことはない?」
ドリィがためらいがちに問いかけた。その質問の意図は、ビリィにもよくわかっていた。先程の子どもが本当にルッカなら、あんなに幼い姿をしているはずがないのだ。どう控えめに見てもドリィより年上とは思えない。まるで十年前から全く成長していないかのように、あの角を持つ子どもはビリィの記憶の中にいる6歳のルッカそのままだった。……そう、額から聳え立つアビスの角を除いては。
ビリィは拳をぎゅっと握りしめる。
「……僕だってそう思いたいさ。けどルッカは!僕がルッカと呼びかけたら振り向いて……僕の名前を呼んだんだ!ビリィって!ドリィだって聞いただろう!」
叫んですぐに、はっとした顔になってビリィは「……ごめん」と視線を落とした。ドリィも一瞬驚いた顔をしたものの、「私こそ……」と言って目を伏せた。また二人の間に沈黙が流れる。
「……なんで、あんな角なんか……ルッカは一体どこに行ったんだ?」
ビリィは木々の間から空を仰ぐ。ドリィもそれに習った。木々が作る影は砂漠の中にあっては暗く厚く、よりその向こうの太陽の光がまぶしく輝くようだった。
「……あ、見てビリィ。家よ」
ふいにドリィが木々の奥を指さした。そこには、先ほどの崖の上からも見えていた、木でできていた家々があった。
「ルドラの村……」
ビリィが呟き、歩みを速めた。枝を掻き分け、木々の間を抜け、家々が立ち並ぶ広場に出る。
「ビリィ」
ドリィが後から追いかけてきた。そして、村の様子を見て息を呑む。ビリィもまた、力なく腕を下ろして目の前の光景を見ていた。
そこには、生活の匂いが何一つ感じられない打ち捨てられた村の姿があった。
崩れた薪の束は水分を失ってすっかりささくれ立ち、地面にバラバラと転がっている。立ち並ぶ家々の半分以上は扉が開け放たれ、その向こうは長年吹き付けた風で家具がぐちゃぐちゃに倒れてしまっていた。
どう考えても、この村に住む人がいるとは思えそうにはない。
「ビリィ……」
ドリィが心配そうにビリィの顔を覗き込む。ビリィはただ唇をぎゅっと結んで、遠い昔に思いを馳せるように村を見ていた。
「十年、か……」
ビリィがポツリと呟いた。暫く無表情のままぼんやりと目の前を眺めていたが、やがてぎゅっと拳を握るとドリィに笑いかける。
「村はこんなことになってしまってるけど……逆に考えたら、村の形が残っているということはアビスには襲われてないということだよね、ドリィ」
ビリィの言葉に、ドリィは戸惑いがちに返す。
「え、えぇ……。きっと、コルマガ王国やその付近の村々にアビスが現れてすぐに村を捨てて逃げたのね。……仕方ないことだと思うわ。コルマガ王国・エストの村と来たら、次にアビスがルドラに来ると思うに違いないもの」
「……なら、ルドラの村の人は今もどこかで生きているかもしれない。それがわかっただけでも十分だよ」
「ビリィ……」
ビリィは地面に転がった薪に歩み寄る。いくつか拾い上げてドリィの方へ振り向いた。
「せっかくこんなにちゃんとした形で家が残ってるんだ。今夜はここを借りて宿にしないかい?」
ドリィは未だ何か言いたげだったが、やがてため息をついてふっと笑いかけた。
「……そうね。遺跡からしばらくはずっと野宿だったから」
ビリィも安心したように笑い返し、ふぅ、とひとつ深呼吸をすると気を取り直そうと村の中をぐるりと見回した。
「せっかくなら、ちゃんと扉が閉まっていて中がぐちゃぐちゃになっていないような家を……、……あれは……」
またビリィの言葉が止まり、ドリィもビリィの視線の先を見やった。
そこには、明らかに他の家とは違う、重々しいほどの『人の意思』を感じた。扉の周りには石杭が打たれ、何重もの鎖が巻かれている。『その中にあるもの』を決して外に出すまいとするように。
「……あれ、ルッカの家だ」
「え?」
ドリィがいぶかしげな顔をビリィに向けるより早く、ビリィは走り出していた。壁に打ち付けられている石杭を力任せに引っ張る。
「ビリィ!」
ドリィが止める間もなく、ビリィは石杭をすべて外してしまった。ガラガラと大きな音を立てて鎖が地面に落ちる。裸になった木の扉に、ビリィはゆっくりと手を伸ばした。そして、ドアの取っ手に触れようかと言う時、
「やめて!!」
大きな声がしてビリィの体に何か大きなものが当たった。ビリィがその聞き覚えのある声に恐る恐る視線を下ろすと、そこには水色の髪の毛の少女の姿があった。
「ルッカ……」
ビリィの声に、少女はゆっくりと顔を上げた。
水色の髪、青磁の瞳。痩せ細った顔の、その額には太く長い角。
「ビリィ……ビリィなんだよね?」
少女は声を震わせた。ぶつかった拍子にそのまま背中に回していた手にぐっと力を込める。潤んだ瞳には涙が浮き上がり、唇をぎゅっと結んだ。
「ルッカ……やっぱり君、ルッカなのか」
その声に込められた感情は、再会の喜びか、少女の姿への絶望だったのか。
ドリィだけが、複雑な表情をして二人を見つめていた。
流れ込む川がどこにもないということは、地底から湧き出ているのだろう。あまり大きくはないが、湖のまわりには木々が生い茂り、まるで湖を守っているようだった。
荒れ果てた大地では緑の植物は早々成人の高さまでも育たない。背の高い植物はほとんどが細い葉しか茂らない茶や黄土のものばかりだ。しかし、そこは文字通り砂漠の真ん中のオアシスだった。
久しぶりに見る鮮やかな緑の色彩に、ビリィは思わず何度も瞬きをする。
「ビリィ、あそこにあるのが……ルドラの村?」
ドリィが指さした。ビリィの視線はずっとその先を見つめている。森の中で一か所切り開かれたその広場には、小さな家が転々と並んでいた。
「そうだよ。シジレ地方の『小さな楽園』、ルドラさ」
ビリィはドリィの方を向いた。ドリィもビリィを見上げた。二人はどちらともなく頷いて、そしてまた前を向く。
「もしアビスが現れているなら、村自体がなくなっているはず……それなら、」
「あそこにまだ、人が住んでいる可能性はあるってことだね」
「……残っていたのね、やっぱり、村は」
坂を下ると、木々の本当の大きさが徐々に姿を現してきた。
ビリィの身長の倍あるかないかぐらいだろうか。やはり砂漠の中にあっては、湖があると言えどそう高く植物は成長できないのだろう。それでも暫くぶりに見る緑の木々の姿に、ビリィはほう、と感嘆の溜息をもらした。しっとりとつもった落ち葉に歩を進める。
「ビリィ、あなたさっき、あの子どものことをルッカと呼んでいたけど」
崖の上からここまでずっと押し黙ったままだったドリィが俯いたまま口を開いた。先程の子どもの姿は、森の近くまで来てもとうとう見つけることはできなかった。
「……僕が生まれた村、エストは、このルドラの村から西に向かってすぐのところにあって、小さい頃は父さんに連れられてよく遊びに来ていたんだ。ルッカは、この村にいた、僕の一番の友達だった」
ビリィは目を細めて遠い記憶に思いを馳せた。
「僕と同い年の女の子でね。すごく元気で、二人して冒険ごっこをしては父さんに怒られてた。とてもよく笑う子だったんだ」
「同い年の……そう、そうなの」
ドリィはため息をついたが、あまり驚いたようには見えなかった。時々目の前に垂れかかる枝をよけては、二人は湖を横目に歩を進める。
「水色の髪に褐色の肌。このあたりに住んでいたはずのダダ人の、典型的な特徴よ。……見間違いだったと、いうことはない?」
ドリィがためらいがちに問いかけた。その質問の意図は、ビリィにもよくわかっていた。先程の子どもが本当にルッカなら、あんなに幼い姿をしているはずがないのだ。どう控えめに見てもドリィより年上とは思えない。まるで十年前から全く成長していないかのように、あの角を持つ子どもはビリィの記憶の中にいる6歳のルッカそのままだった。……そう、額から聳え立つアビスの角を除いては。
ビリィは拳をぎゅっと握りしめる。
「……僕だってそう思いたいさ。けどルッカは!僕がルッカと呼びかけたら振り向いて……僕の名前を呼んだんだ!ビリィって!ドリィだって聞いただろう!」
叫んですぐに、はっとした顔になってビリィは「……ごめん」と視線を落とした。ドリィも一瞬驚いた顔をしたものの、「私こそ……」と言って目を伏せた。また二人の間に沈黙が流れる。
「……なんで、あんな角なんか……ルッカは一体どこに行ったんだ?」
ビリィは木々の間から空を仰ぐ。ドリィもそれに習った。木々が作る影は砂漠の中にあっては暗く厚く、よりその向こうの太陽の光がまぶしく輝くようだった。
「……あ、見てビリィ。家よ」
ふいにドリィが木々の奥を指さした。そこには、先ほどの崖の上からも見えていた、木でできていた家々があった。
「ルドラの村……」
ビリィが呟き、歩みを速めた。枝を掻き分け、木々の間を抜け、家々が立ち並ぶ広場に出る。
「ビリィ」
ドリィが後から追いかけてきた。そして、村の様子を見て息を呑む。ビリィもまた、力なく腕を下ろして目の前の光景を見ていた。
そこには、生活の匂いが何一つ感じられない打ち捨てられた村の姿があった。
崩れた薪の束は水分を失ってすっかりささくれ立ち、地面にバラバラと転がっている。立ち並ぶ家々の半分以上は扉が開け放たれ、その向こうは長年吹き付けた風で家具がぐちゃぐちゃに倒れてしまっていた。
どう考えても、この村に住む人がいるとは思えそうにはない。
「ビリィ……」
ドリィが心配そうにビリィの顔を覗き込む。ビリィはただ唇をぎゅっと結んで、遠い昔に思いを馳せるように村を見ていた。
「十年、か……」
ビリィがポツリと呟いた。暫く無表情のままぼんやりと目の前を眺めていたが、やがてぎゅっと拳を握るとドリィに笑いかける。
「村はこんなことになってしまってるけど……逆に考えたら、村の形が残っているということはアビスには襲われてないということだよね、ドリィ」
ビリィの言葉に、ドリィは戸惑いがちに返す。
「え、えぇ……。きっと、コルマガ王国やその付近の村々にアビスが現れてすぐに村を捨てて逃げたのね。……仕方ないことだと思うわ。コルマガ王国・エストの村と来たら、次にアビスがルドラに来ると思うに違いないもの」
「……なら、ルドラの村の人は今もどこかで生きているかもしれない。それがわかっただけでも十分だよ」
「ビリィ……」
ビリィは地面に転がった薪に歩み寄る。いくつか拾い上げてドリィの方へ振り向いた。
「せっかくこんなにちゃんとした形で家が残ってるんだ。今夜はここを借りて宿にしないかい?」
ドリィは未だ何か言いたげだったが、やがてため息をついてふっと笑いかけた。
「……そうね。遺跡からしばらくはずっと野宿だったから」
ビリィも安心したように笑い返し、ふぅ、とひとつ深呼吸をすると気を取り直そうと村の中をぐるりと見回した。
「せっかくなら、ちゃんと扉が閉まっていて中がぐちゃぐちゃになっていないような家を……、……あれは……」
またビリィの言葉が止まり、ドリィもビリィの視線の先を見やった。
そこには、明らかに他の家とは違う、重々しいほどの『人の意思』を感じた。扉の周りには石杭が打たれ、何重もの鎖が巻かれている。『その中にあるもの』を決して外に出すまいとするように。
「……あれ、ルッカの家だ」
「え?」
ドリィがいぶかしげな顔をビリィに向けるより早く、ビリィは走り出していた。壁に打ち付けられている石杭を力任せに引っ張る。
「ビリィ!」
ドリィが止める間もなく、ビリィは石杭をすべて外してしまった。ガラガラと大きな音を立てて鎖が地面に落ちる。裸になった木の扉に、ビリィはゆっくりと手を伸ばした。そして、ドアの取っ手に触れようかと言う時、
「やめて!!」
大きな声がしてビリィの体に何か大きなものが当たった。ビリィがその聞き覚えのある声に恐る恐る視線を下ろすと、そこには水色の髪の毛の少女の姿があった。
「ルッカ……」
ビリィの声に、少女はゆっくりと顔を上げた。
水色の髪、青磁の瞳。痩せ細った顔の、その額には太く長い角。
「ビリィ……ビリィなんだよね?」
少女は声を震わせた。ぶつかった拍子にそのまま背中に回していた手にぐっと力を込める。潤んだ瞳には涙が浮き上がり、唇をぎゅっと結んだ。
「ルッカ……やっぱり君、ルッカなのか」
その声に込められた感情は、再会の喜びか、少女の姿への絶望だったのか。
ドリィだけが、複雑な表情をして二人を見つめていた。
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