創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
星が瞬いていた。全てが終わった荒野で、ビリィは輝きを失った剣を携えて立ち、ドリィはアビスの角を抱えて座っていた。
二人は一言も喋らなかった。砂漠の夜を襲う風が、二人の髪の毛をパタパタと揺らしていた。ドリィは角を撫でる。愛おしそうに。そしてそっと頬を寄せた。
ビリィは剣を鞘に納める。澄んだ音がした。地平線を見据えながら、ビリィは口を開いた。
「……ひとつだけ、聞いてもいいかい?」
その言葉にドリィは答えなかった。ビリィは沈黙を肯定ととらえて言葉を続けた。
「今世界中にいるアビスは、みんな、元は人間だったんだね」
ビリィはドリィの方を振り返らなかった。ドリィは尚も黙っている。胸に抱えたアビスの角を、ぎゅっと抱きしめた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうよ。アビスはみんな、コルマガ王国の国民だった人たち」
絞り出すように上げた声に、ビリィはため息をついた。それは絶望の溜息であり、ドリィが抱えているだろう使命の、その途方もない重さと彼女の今までの孤独を思っての葛藤だった。
ドリィは鞄から小さなナイフを取り出す。そしてアビスの角を削ると、絹の袋の中へとその粉を入れた。
「……ビリィには、結局騙したみたいになってしまったわね」
ドリィがぽつりと呟いた。静かな声音だった。
「ごめんなさい」
それだけを言ってドリィは口を噤んだ。また二人の間に沈黙が流れる。荒野には星の光が降り注ぎ、夜も随分更けたというのに辺りは柔らかな明るさが満ちていた。
「……れでも、」
「え?」
ふいに紡がれたビリィの言葉にドリィは顔を上げる。
「それでも、僕のやることは変わらないさ。あの日決めたんだ。アビスに復讐を誓うって」
ビリィはまだドリィの方を向かなかった。背筋をまっすぐに伸ばし、広がる荒野を強い瞳で見つめていた。ドリィは暫く黙ってその背中を見ていたが、やがて角を持ったまま立ち上がった。
「ビリィ」
一歩踏み出そうとする。しかし躊躇した。南天に一際キラリと光がひらめいたかと思うと、それは地平線に吸い込まれるように尾を引いて消えて行った。それを目で追って、ドリィは再度口を開いた。
「ビリィ、」
「ドリィ、この旅を、僕らで終わらせるんだ」
ビリィは振り向いた。その視線の奥に秘めた意思がドリィを刺し、小さな胸がドクンと高鳴るのをドリィは感じていた。ハッと胸を抑えると、ドリィは恐る恐るビリィを見上げる。
ビリィは優しく微笑んでいた。
「コルマガ王国に何があるのかはわからない。けど、そこで全てがわかるというのなら、僕はそれに託そう」
そして右手をドリィに向かって差し出した。
「ドリィ。僕は、君を救いたい」
ドリィは黙っていた。だが何か言いたげに口を開いてはまた閉じ、ぎゅっと目を細めている。左手が所在無げに彷徨っていた。ビリィの手を取りたくて、けれどつかめなくて。ふるふると肩が震えている。
ビリィはもう一度、大きく手を差し出した。
「ドリィ」
強い口調だった。迷いはないのだと、ドリィにもわかっていた。いつの間にか強く噛んでいた唇をゆるゆると開いた。
「ビリィ……最後まで、私と一緒に戦ってくれるの?」
恐る恐る左手を伸ばす。その小さな手を握り返して、ビリィは強く頷いた。
「ありがとう……」
ドリィは静かに涙を流していた。
それはハルーカの街で聞かれたのと同じ質問だった。しかし、その言葉が今度こそビリィに対して、ビリィにこそドリィが望んでいるのだと震える手が告げていた。それがわかって、ビリィも身の引き締まる思いがした。この小さな少女が頼るのは自分だけなのだと、ビリィが戦う理由など、それだけで十分だった。
そう、自分はあの日、勇者になろうと決めたのだから。
この先に何が待っているのかなどわからない。なぜアビスが生まれてしまったのか、コルマガ王国で10年前に何があったのか。ビリィにはなにひとつわからないことだらけだ。
コルマガ王国にたどり着いても、あるいは絶望しか待っていないのかもしれない。
しかしそれでも、ビリィはドリィの持つ苦しみを共に背負いたいと、そう思ったのだった。
また朝が来た。太陽は東に昇り、西の空には七色の虹が眩く輝いていた。
「すごいすごい!いいの?姫様」
ルドラの村に明るい声が響く。広場の真ん中で、白いワンピースに身を包んだルッカがうれしそうにくるくると回っていた。ドリィはそんなルッカの様子を見て目を細める。
「カーテンで作った簡単な服だけど……前に着てたのは随分ボロボロになっていたもの。よく似合っているわよ、ルッカ」
ビリィも頷く。
「ルッカは肌が褐色だものね。白いワンピースによく映えるよ。かわいいよ、ルッカ」
ビリィの言葉に、ルッカはぱっと顔をほころばせた。もう一度くるりと回ると、ドリィに笑顔を向ける。
「ありがとう、姫様!」
「じゃあ行こうか」
ビリィの言葉に二人は頷いた。ビリィが歩きだし、ドリィとルッカが後に続いた。
村のはずれの家を通り過ぎた時、ルッカは一度だけ振り向いた。額の角に触れると、きゅっと唇を結ぶ。
しかしすぐに踵を返すと、ビリィ達の後を追った。その背中に声をかける。
「ビリィ」
「ん?」
ビリィが振り向いた。緑色の髪が太陽に反射してきれいだった。頬が染まるのを感じる。久しぶりの鼓動の高鳴りだった。
「これは、夢じゃないんだよね」
ルッカは笑った。その瞳は潤んでいた。ビリィは笑い返し、「もちろんだよ」と言った。ルッカは頷くと、その腕に思いっきり抱きついた。ドリィもその光景を愛しそうに眺めていた。
だれともなく空を見上げる。地平線をまたぐように虹がかかっていた。あの下にコルマガ王国があるのだ。
それが旅の終着点かは、わからないけれど。
それでも、ビリィは願わずにはいられなかったのだ。
虹の向こうには、きっと幸せが待っているのだと。
二人は一言も喋らなかった。砂漠の夜を襲う風が、二人の髪の毛をパタパタと揺らしていた。ドリィは角を撫でる。愛おしそうに。そしてそっと頬を寄せた。
ビリィは剣を鞘に納める。澄んだ音がした。地平線を見据えながら、ビリィは口を開いた。
「……ひとつだけ、聞いてもいいかい?」
その言葉にドリィは答えなかった。ビリィは沈黙を肯定ととらえて言葉を続けた。
「今世界中にいるアビスは、みんな、元は人間だったんだね」
ビリィはドリィの方を振り返らなかった。ドリィは尚も黙っている。胸に抱えたアビスの角を、ぎゅっと抱きしめた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうよ。アビスはみんな、コルマガ王国の国民だった人たち」
絞り出すように上げた声に、ビリィはため息をついた。それは絶望の溜息であり、ドリィが抱えているだろう使命の、その途方もない重さと彼女の今までの孤独を思っての葛藤だった。
ドリィは鞄から小さなナイフを取り出す。そしてアビスの角を削ると、絹の袋の中へとその粉を入れた。
「……ビリィには、結局騙したみたいになってしまったわね」
ドリィがぽつりと呟いた。静かな声音だった。
「ごめんなさい」
それだけを言ってドリィは口を噤んだ。また二人の間に沈黙が流れる。荒野には星の光が降り注ぎ、夜も随分更けたというのに辺りは柔らかな明るさが満ちていた。
「……れでも、」
「え?」
ふいに紡がれたビリィの言葉にドリィは顔を上げる。
「それでも、僕のやることは変わらないさ。あの日決めたんだ。アビスに復讐を誓うって」
ビリィはまだドリィの方を向かなかった。背筋をまっすぐに伸ばし、広がる荒野を強い瞳で見つめていた。ドリィは暫く黙ってその背中を見ていたが、やがて角を持ったまま立ち上がった。
「ビリィ」
一歩踏み出そうとする。しかし躊躇した。南天に一際キラリと光がひらめいたかと思うと、それは地平線に吸い込まれるように尾を引いて消えて行った。それを目で追って、ドリィは再度口を開いた。
「ビリィ、」
「ドリィ、この旅を、僕らで終わらせるんだ」
ビリィは振り向いた。その視線の奥に秘めた意思がドリィを刺し、小さな胸がドクンと高鳴るのをドリィは感じていた。ハッと胸を抑えると、ドリィは恐る恐るビリィを見上げる。
ビリィは優しく微笑んでいた。
「コルマガ王国に何があるのかはわからない。けど、そこで全てがわかるというのなら、僕はそれに託そう」
そして右手をドリィに向かって差し出した。
「ドリィ。僕は、君を救いたい」
ドリィは黙っていた。だが何か言いたげに口を開いてはまた閉じ、ぎゅっと目を細めている。左手が所在無げに彷徨っていた。ビリィの手を取りたくて、けれどつかめなくて。ふるふると肩が震えている。
ビリィはもう一度、大きく手を差し出した。
「ドリィ」
強い口調だった。迷いはないのだと、ドリィにもわかっていた。いつの間にか強く噛んでいた唇をゆるゆると開いた。
「ビリィ……最後まで、私と一緒に戦ってくれるの?」
恐る恐る左手を伸ばす。その小さな手を握り返して、ビリィは強く頷いた。
「ありがとう……」
ドリィは静かに涙を流していた。
それはハルーカの街で聞かれたのと同じ質問だった。しかし、その言葉が今度こそビリィに対して、ビリィにこそドリィが望んでいるのだと震える手が告げていた。それがわかって、ビリィも身の引き締まる思いがした。この小さな少女が頼るのは自分だけなのだと、ビリィが戦う理由など、それだけで十分だった。
そう、自分はあの日、勇者になろうと決めたのだから。
この先に何が待っているのかなどわからない。なぜアビスが生まれてしまったのか、コルマガ王国で10年前に何があったのか。ビリィにはなにひとつわからないことだらけだ。
コルマガ王国にたどり着いても、あるいは絶望しか待っていないのかもしれない。
しかしそれでも、ビリィはドリィの持つ苦しみを共に背負いたいと、そう思ったのだった。
***
また朝が来た。太陽は東に昇り、西の空には七色の虹が眩く輝いていた。
「すごいすごい!いいの?姫様」
ルドラの村に明るい声が響く。広場の真ん中で、白いワンピースに身を包んだルッカがうれしそうにくるくると回っていた。ドリィはそんなルッカの様子を見て目を細める。
「カーテンで作った簡単な服だけど……前に着てたのは随分ボロボロになっていたもの。よく似合っているわよ、ルッカ」
ビリィも頷く。
「ルッカは肌が褐色だものね。白いワンピースによく映えるよ。かわいいよ、ルッカ」
ビリィの言葉に、ルッカはぱっと顔をほころばせた。もう一度くるりと回ると、ドリィに笑顔を向ける。
「ありがとう、姫様!」
「じゃあ行こうか」
ビリィの言葉に二人は頷いた。ビリィが歩きだし、ドリィとルッカが後に続いた。
村のはずれの家を通り過ぎた時、ルッカは一度だけ振り向いた。額の角に触れると、きゅっと唇を結ぶ。
しかしすぐに踵を返すと、ビリィ達の後を追った。その背中に声をかける。
「ビリィ」
「ん?」
ビリィが振り向いた。緑色の髪が太陽に反射してきれいだった。頬が染まるのを感じる。久しぶりの鼓動の高鳴りだった。
「これは、夢じゃないんだよね」
ルッカは笑った。その瞳は潤んでいた。ビリィは笑い返し、「もちろんだよ」と言った。ルッカは頷くと、その腕に思いっきり抱きついた。ドリィもその光景を愛しそうに眺めていた。
だれともなく空を見上げる。地平線をまたぐように虹がかかっていた。あの下にコルマガ王国があるのだ。
それが旅の終着点かは、わからないけれど。
それでも、ビリィは願わずにはいられなかったのだ。
虹の向こうには、きっと幸せが待っているのだと。
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