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創作あれこれのお話をぽちぽちおいていく予定です。カテゴリがタイトル別になっています。記事の並びは1話→最新話。
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 ルッカは、実際にも6歳のままだった。
 
「ビリィ、なんでこんなにおっきくなっちゃったの?」
 本当に驚いたようにビリィを見上げて首を傾げるルッカに、ビリィは曖昧に笑い返すことしかできなかった。
「ルッカ……ルッカこそ、なんでこの村に一人でいるんだ?村のみんなは?」
「んー、いなくなっちゃったの」
 ルッカは俯くと、ぐりぐりと人差し指で地面をいじった。
「私、家に閉じ込められちゃって、なんとか外には出れたんだけど……その時にはみんないなくなってたんだ」
 ルッカの言葉に、ビリィははっとした顔をして額の角を見つめた。その視線に気づいて、ルッカはそれを手で隠そうとする。しかし、小さな手では到底その角を覆い切ることはできなかった。
 なんて無神経な物言いをしてしまったのか。自分が情けなくなってくる。
 ビリィは胸を締め付けられる思いだった。目の前の少女が、自分の幼なじみであると同時に、今もまだ年端もいかない子どもであるということが、とても信じられなかった。腕を伸ばすと、乾燥と風にさらされてすっかりごわごわになってしまっている水色の髪の毛を撫でる。
「ちょっと、照れくさいよ」
 手で払う仕草を見せながらも、ルッカははにかむように笑っていた。もうずっとこんな風に人と触れ合う機会もなかったのだろう。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 そのひとつひとつの行動が切なくて、ビリィまで泣いてしまいそうだった。
 きっと無意識なのだろう。ルッカはずっとビリィの服の裾を掴んで離さない。
「ねぇビリィ、ビリィはエストの村に帰るの?」
 ルッカの言葉に、ビリィの方がぴくりと動いた。
「私も行きたいなぁ。そしたら……、あっ!でも今日はここに泊まるんだよね?」
 一瞬、何かを思い出したようにルッカの目が見開いた。そしてぽんと手を叩くと、ビリィに向かって身を乗り出す。
「うん、そうしようかと思うよ」
 ビリィは曖昧に答えた。ルッカが「わぁい!」と万歳をする。と、その背中からドリィが歩いてきた。

「すごいわねここ。湖の水は透き通ってるし、周りには薬草もいっぱい生えてる。貯蔵庫も見つけたけど、乾燥肉がいっぱい保管されてたわ。まだ食べられるかどうかは……まぁ、半々ってところだけど」
「よかった!昔は山羊も飼ってたから、もしかしてって思ってたんだ」
 ビリィがほっとした声を上げると、ルッカもドリィの方へ振り向いた。そしてドリィの姿を確認すると、驚いたようにビリィへ向き直る。
「ビリィ、なんでお姫様と一緒にいるの?」
「えっ」
 その言葉に驚いたのはビリィの方だった。まだドリィは自分の名前を名乗ってすらいないはずだ。自分がいつの間にか呼んでいたのだろうか。
 ハルーカの宿屋の主人のように名前を聞いたならともかく、なぜ初対面のルッカがドリィのことをコルマガの姫だと言うのだろう。
「だって、ドリィ姫様でしょう?私、お父さんとコルマガ王国で見たことがあるよ」
 ルッカは首を傾げた。ビリィは何も言えずにドリィを見やる。ドリィはただ黙ってビリィを見返していて、その表情からは何の感情も感じ取ることは出来なかった。
「ドリィ、君……」
 ビリィがドリィに向かって一歩踏み出そうとする。と、固くて軽いものがお腹に当たった。見下ろすと、ルッカがうとうとと舟を漕いでいる。
「ルッカ、眠いのかい?」
 ビリィが声をかけると、ルッカは「ん~……」と答えになっていない声で唸った。それだけで言わんとするところは十分に伝わったが。
「大丈夫だから寝なよ。今日は疲れたんだろう」
 ビリィがそう声をかけると、ルッカは手をぶんぶんと振って何かを訴えようとする。
「……も、びり、……おうち」
 もうほとんど言葉にはなっていなかったが、ビリィは「わかったよ」と頷く。
「僕もどこにも行かないし、ルッカの家以外を宿に借りさせてもらおうと思うから安心して」
 それを聞いて、ルッカはほっとした表情を浮かべる。そのまますぅ、と瞼を閉じた。やがて規則正しい寝息が聞こえてくる。
 
 ビリィはドリィを見て、ルッカを見て、何を言ったものかとため息をついた。そしてもう一度ドリィの方を見る。
「宿に使えそうな家はあったかい?」
「湖の傍に他より大きな家が一軒。中もほとんど荒れてないし、ベッドも人数分ありそう」
 ドリィはやはり表情を動かさなかった。先程のルッカの言葉をどう考えているかもわからない。ビリィは一瞬大きく息を吸うが、しばらくしてそのまま吐き出した。
「村長の家だね。あそこが使えるなんて運がいいな。ありがたく泊まらせてもらおう」
 そう言ってルッカを背負うと、勝手知ったる風に歩き出した。
「行こう、ドリィ」
 その言葉にうなずくと、ドリィも黙ってそのあとに続いた。
 
 日はすでに傾き、湖が一陣の冷たい風を運んでいた。
 
 
 
「……ドリィはどう思う?ルッカのこと」
 村長宅に着き、ルッカを別室に寝かせて、ビリィはドリィに問いかけた。ドリィは先ほどからぴくりとも表情を変えない。ベッドに座り、シーツをいじりながら視線だけをビリィの方へ向けた。
「ビリィは、『アビスの落とし子』のことを知っている?」
 ビリィがびくりと肩を震わせた。あまりいい思い出がない単語だった。
「……知ってるよ。アビスに村や街を襲われながら生き残った人に対しての呼び名だろう。僕も旅に出るまで住んでいたところじゃそう言われて随分いじめられたさ」
 表情に現れる苦々しさを隠そうともせずにビリィは答えた。ドリィはやはり無表情のまま、しかしはっきりと口を開いた。
「ルッカは、アビスの落とし子だと思う」
「……!?」

 ドリィの言っている意味がわからず、ビリィは目を見開いて固くズボンを握りしめた。ドリィもビリィの胸の内を読み取ったかのように、そのまま言葉を続けた。
「『アビスの落とし子』は確かに、ビリィのようにアビスに襲われながらも『運よく』生き残った人に対してそのあまりの低い可能性に、逆に忌むべき存在として呼ぶことが多い蔑称だと思われているわ。……でも、本当の意味は違う。私も見るのは初めてだったけど、ルッカのように体にアビスの一部が生えてくる子どもが、10年前から幾人も現れているの。
 そして、その子どもたちはアビスの落とし子となったその時から決して成長しない。……ただ、そんな子どもがもし突然現れたらどうなるか……。このルドラの村とルッカを見るに、何が起こったかは大体想像がつくでしょう」

 ビリィは息を呑んだ。
 そう、それはなるべく考えずにいようと思っていたことだった。

 無造作に扉が開け放された家、打ち捨てられたような薪や生活道具。アビスから逃れるため村を捨てるにしても、ここまで焦る必要はないはずだ……そう、すぐそばにアビスが迫っているのでもない限りは。村が結局アビスに襲われずそのまま残っているということは、この村を手放す別の理由があったということだ。
 ルッカの家の扉に打ち付けられた大量の杭と、頑丈に封鎖していた鎖。それは、その家の中にあった「何か」を拒絶していたことに他ならず、……おそらく何かとは、ルッカであったのだろうことが容易に想像できた。
「アビスの落とし子ってなんなんだよ……なんでルッカがあんな姿にならなきゃいけないんだ!!」
 ビリィはベッドを拳で打ち付けた。しかし、干し草で編まれたマットレスはぼすんと気の抜けた音しか立てなかった。

 ドリィはまっすぐにビリィを見つめたまま押し黙っていたが、やがてそっと唇を開く。

「アビスの落とし子は、いつかアビスになる」
「……!」

 ビリィが考えたくなかったもうひとつの可能性。それをドリィは口にした。
「どうする?ビリィ。その剣で、ルッカを殺すことができる?」
 その言葉に、ビリィは目を見開いてドリィを見た。そんなことを言うドリィが信じられなかった。
 しかしドリィの表情は変わらず、それが冗談でもなんでもないことをビリィに告げていた。……いや、本当はわかっていたのだ。ビリィもこのことを。
「ドリィ……」
 やはりドリィは、笑いも怒りも、悲しみもしていないようだった。ただ淡々とビリィに問いかける。彼を試すように、じっと見据えながら。
「ビリィは言ったわよね。アビスを滅ぼすまで、戦い続けると誓うって」
「言ったさ……でも、でも、こんな……!」
「アビスの落とし子がアビスになるその条件はわからない。でも、アビスの落とし子である限り必ずいつかはアビスになってしまう。ビリィは、ルッカがアビスになって、この村やハルーカの街を破壊してもいいの?」
 ドリィの言葉にビリィは急激に頭が冷えていくのを感じた。頭の中で首をもたげた可能性が、ビリィに語りかけていた。成長しない子ども、アビス、コルマガ王国。
「ねぇビリィ、どうするの?」

「……ドリィこそ、どうなんだい」

 ぴくり。ドリィの肩が揺れた気がした。ビリィは落ち着かなげに彷徨わせていた視線を、ゆるゆるとドリィに定めた。
「アビスの落とし子が成長しないなら……何年も前の姿のままでずっといる人が存在するわけだ。……君、本当は本当に、ドリィ姫で……君もまた、アビスの落とし子なんじゃないのかい」
 そう、ルッカと再会したあの時からずっと心の中で燻っていた疑念を、ビリィはとうとう口にした。ルッカがドリィを「姫様」と呼んだこと……そして今、ドリィがこの話をしたことで、疑念はほぼ確信として固まりつつあった。そうだ、そうすればすべての辻褄は合うのだ。ドリィがアビスを倒す剣を持っていたことも、コルマガ王国を目指そうと言ったことも。
 ビリィの問いかけに、ドリィは黙ったままだった。ただ、琥珀色の瞳だけがビリィをまっすぐに見据えていた。
「それなら、ドリィは知っているんだろう。僕が思っている以上にアビスを、その存在を。なぜこの世界にアビスが現れたのか、なぜアビスの落とし子なんてものが存在しているのか、なぜコルマガ王国が真っ先にアビスに襲われたのか、……コルマガ王国が、アビスの誕生にどう関係しているのか、みんなみんな」
 ビリィは強い口調で話す。暫く表情を動かさずにビリィを見やっていたドリィだったが、やがて眼を閉じると大きく息を吐いた。
 
「……そうね、大体ビリィの想像通りだと思うわ。私はドリィ・マスト。コルマガ王国王家の、正当な血を継ぐ姫よ」
 
「……!」
 
 わかっていた。わかってはいたが、頭の中でふわふわと形にならずに漂っていたものをはっきりと突きつけられて、ビリィは臆したように拳を握りしめた。
「想像通り、っていうのは、アビスのことも……」
 俯いて、上目がちに言葉を紡いだ。びゅう、と風が吹いて、家をガタガタと揺らした。暗闇が少しずつ沈んでいく部屋の中で、ドリィは瞬きもせずにビリィを見ていた。
「……ビリィに、嘘はつきたくない」
 ぽつり、ドリィが呟く。数時間ぶりに瞳に感情が戻ったようだった。揺れる瞳でドリィは言葉を続ける。
「ごめんなさい、それでも……今はまだ、多くを語ることはできないの。ただ、ビリィに3つだけ約束をしてほしい」
「約束……?」
 ビリィの問いかけにドリィは頷く。そして人差し指を立てた。
「ひとつめは、私とこのままコルマガ王国まで一緒に来てほしいこと」
 ビリィは頷いた。それはハルーカでも話していたことだ。今更迷うべくもない。
 ドリィは続けて中指も立てる。二本の指をビリィに向けた。
「ふたつめは、……ルッカを、このまま殺してほしい」
「……っ!」
 ビリィは跳ねるように立ち上がると、そのままドリィの襟口をぐいと掴んだ。ドリィに噛みつきかねない勢いで怒鳴りつける。
「じゃあ、君はどうなんだ!10年前から!全く成長しない君が!アビスの落とし子だとしたら!!」
 しかしドリィは怯える様子もなかった。睨み付けるビリィに、先ほどと変わらない無表情を向けて、最後に薬指を立てて三本にする。
 
「みっつめは、」
「ドリィ!」
 
 
「コルマガ王国に着いたら、私を殺してほしい」
 
 
「……っ!?」
 
 ドリィの言葉に、ビリィは思わず掴んでいた手を放した。ドリィがベッドに尻餅をつく。そのまま三角座りをすると、「最初からそのつもりだったの」とドリィは笑った。
「ビリィが考えている通り、アビスの誕生にはコルマガ王国が大きく関わっているわ。私が成長しないままでいる理由も、ご想像通り……だと思ってる。私も」
「思ってる……?」
「わからないの。アビスの落とし子のように、私の体にはアビスの一部が現れてこない。ただ、この10年、私の体は1ミリたりとも成長しなかった。それどころか、どんなにご飯を食べずにいても、高い崖から落ちたとしても、剣で体を突き刺しても……私は、死ねなかった」
「……!」
 ビリィは驚きに目を見開いた。

 ドリィの荷物が少なかったのは、ロストテクノロジーの遺産を使っていたからだけではなかったのだ。不老不死、そんな単語が胸を掠めた。おとぎ話でしかありえなかった存在が今目の前にいるという現実に、ビリィは全てが悪い夢ではないのかとすら思った。

「私がアビスの落とし子なら、ビリィの剣で殺すことができる。コルマガ王国にたどり着いて……確認したいことがあるの。それさえ終われば、私はあなたにすべてを話すことができる。だから、」
「だから、それからのアビス退治は僕に任せて、自分はさっさと逃げようって?」
「!」
 ドリィがばっと顔を上げる。ビリィは大げさにため息をついてみせた。
「僕に嘘をつきたくないって言ってくれたけどさ、君、ハルーカで言っていたじゃないか。『私と最後まで戦ってくれるか』って。それは嘘だったのかい?」
 やれやれ、と言いたげにビリィは頭を振った。ここまできたら逆に冷静になるしかなかった。あきれたように肩を竦めるビリィを見て、ドリィは唇をきゅっと結んだ。拳が震えている。
「でも、だって、私は」
「さっきの約束で、僕が守れるのはひとつだけだ。コルマガ王国まで君と一緒に行く、それだけ。コルマガ王国に何があって、僕は何を知れるのか。それがわからない限り、僕はルッカだって、君の命だって諦められないさ」

 そう言いながらビリィは立ち上がった。そうだ。それしかない。この心に次々と浮かぶ疑問を全て解決しなければ、とても次のことを考えられそうになかった。ドリィはそんなビリィを不安げな顔で見上げる。
「ビリィ……」
 逆に、それまで険しい顔しかしていなかったビリィはにっと笑い返してみせた。
「……ルッカが目を覚まして不安がるといけないから、僕は向こうの部屋で寝ることにするよ。ドリィはどうする?」
「あ……、私は、今日はここでいいわ。もう少し、一人で考えたいから」
「そうだね。僕もそうしようかと思うよ」
 ためらいがちに答えるドリィに微笑むと、ビリィは扉を開けて部屋を出て行こうとする。その背中に、ドリィは追いすがるように叫んだ。

「ビリィ!……ルッカをこれから、どうするつもりなの?」
 ビリィはドリィに背中を向けたまま答える。
「どうもこうも、置いていけないだろう。一緒に連れて行くつもりだよ、この旅に」
「……もし、ルッカが途中でアビスになってしまったとしたら?」
 恐る恐る発せられた言葉に、ビリィは一瞬口を噤んだ。眉根を寄せるが、しかし毅然とした顔で振り返る。
「その時は殺すよ。僕がこの手で……この剣で。ルッカの友人として。約束だ」
 そしてゆっくりと扉をしめる。ぱたん。木の扉が静かな音を立てた。
 ドリィは最後までベッドから立ち上がることもできずに、ただじっと扉を見つめていた。やがて思い出したように鞄を手探ると、アビスの角を削った粉が入った袋を取り出した。

「馬鹿だなぁ、私、今何を期待したんだろう」

 袋をぎゅっと握りしめた。さらさらと澄んだ音が袋の中で鳴る。


「みんなごめんね。大丈夫……最後にはきっと、私も行くから。ビリィならきっと、叶えてくれるから」
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